ため息の余韻

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 勤務時間を終えてから、昼間の案件処理をする。専務からの頼まれごととはいえ、かなりプライベートに近いこの”業務”は、あまり人目のあるところで手にしたくなかった。  眠気覚ましにコーヒーを飲みたくなって向かったリフレッシュルームの入り口で、書類を抱えた人影とぶつかりそうになる。 「…っと、すみません」 「ごめんなさい」  思わず避けた相手の手から、バサバサと音を立てて紙が落ちた。よろけて躓きかけた相手の腕を取ると、覚えのある石鹸の香りが鼻を掠める。  …大谷美由利。 「あ、磯村副部長。…申し訳ありません」  そうしなくてもいいのに、急いで俺の手から腕引き抜いた彼女は、落ちた紙を拾い始める。集めているのは、何かのチラシだった。俺も急いで、一緒に紙を拾う。 「大丈夫?」 「大丈夫です。私、前を見ないで歩いていたので。すみません」  拾ったチラシをよく見ると、『ランチバイキングのお知らせ』と書いてある。 「…ランチバイキング」 「社長のご提案です。福利厚生の一環で、各部が交流できるように計画してくださったようで。色々な場所に、貼っているんです」  彼女は、もう一度腕を取って立ち上がるのを助けた俺に、ありがとうございます、と柔らかく言った。その目が、俺のネームプレートに留まる。 「磯村副部長のお名前って、なんてお読みするんですか?」 「名前?」 「すみません、簡単な字なのに、いつもそう思っていて」  いつも(・・・)そう思っていてくれたことに、高校生のガキのようにドギマギする。 「そのまま、だけど」 「…ひろ?こう…だい?」  呼び方を確かめられただけなのに、彼女に名前を呼ばれた事で心拍数が妙に上がって、彼女の腕を掴んだままの手のひらには冷や汗がにじみそうだった。  その手の感触に戸惑ったように、彼女は自分の腕を気にしながら視線をよこす。離さないのは、残念ながら不自然だ。  仕方なく、できるだけゆっくり手を離す。 「磯村広大(こうだい)と申します」  気恥ずかしさを隠すように、必要以上な丁寧さでお辞儀をすると、彼女が楽しそうに笑った。      
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