ため息の余韻

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 秘書室にいる時と違う、和やかな笑顔に思わず見入った俺は更に不自然に動けない。右の頬に遠慮がちにできたえくぼが、気のせいか彼女をいつもより親しげに見せている。首元で優しくカールした髪は、うなじの白さをうまく隠して余計に色っぽい。    …ダメだな、この距離を変えたほうがいい。  俺は、彼女から一歩下がっておどけた深呼吸をする。 「ランチバイキング、か。さすが社長。外での交流は、まだ難しいからね」 「せめて社内で、って思っていらっしゃるようで。その週は、社食にケータリングが準備されるらしいですよ」  彼女はそう言って、チラシを一枚差し出した。 「社内メールも明日送信されるらしいですけど、アナログな宣伝も大事かと思いまして」  チラシの中のメニューに、人気のカレー屋の名前を見つける。このごろ、若い奴らが話題にしているケータリング専門の店だった。 「このカレー、食べてみたかったんだよな」 「え、副部長も?私もです。でも若い子たちみたいに、わざわざ外に足を延ばすの億劫で」 「若い子って、大谷さんだって若い仲間でしょ」 「…もっと、若い人たちがいますから」  年齢のことは、深堀するとハラスメントになりかねない。確かに、二十台も前半と後半では、色々な”格差”があるのかもしれない。返って三十超えたほうが、そこそこの諦めは付く。 「じゃあ、カレー…食べられるといいね」  一緒にという言葉を心の中で呟いて、受け取ったチラシを畳む。 「あの、それ」 「営業にも貼っておくよ」 「よろしいんですか?」 「あ、でも大谷さんが来てくれるなら、持ってきてもらおうかな。また会えるし」 「え?」  思わず言ってしまってから、彼女が嫌気の色を浮かべなかったのを確認して心の奥でホッとする。でも、秘書室で彼女の視線の先にいた相手を思い出すと、自惚れかもしれないと考え直した。  森下(アイツ)に、勝てるんだろうか。勝てるところが、あるんだろうか。親友だと思ってはいても、そんなに人間ができていない自分には、やっかみの気持ちがないわけじゃない。俺には絶対に手にできないものを、あいつは初めから持っていた。  株式会社マルモリを背負う運命。あらゆる面での権力や経済力は、そこいらの企業の中でも群を抜いている。そんなところのトップになる人間が、見た目も中身も非の打ち所がないとしたら、誰だってその隣に立ちたいと思って当然だ。 「やばい、セクハラになってる?」  自分の器の小ささに嫌気がさして、彼女へと気持ちを切り替える。あのまま、どう返事をしたらいいのか迷っているような彼女に、冗談めいたセリフを言った。 「私、セクハラに感じたら、大人しく口籠(くちごも)ったりしませんよ。若い子よりは、お姉さん(・・・・)なので」  気持ちの良い”返し”に、益々彼女への興味のレベルが上がるのを感じた。    
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