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軽い感じなのに、本当は軽くない。こちらにしてくれる気遣いは、きちんと空気を読んでいる。専務は公私ともに全幅の信頼を寄せているらしいのに、専務の部屋に遠慮なく訪ねてくる以外には、彼は権威を笠に着る様子は全くなかった。
「今度のユニフォーム、断然いいですよね。皆さん、30%は前より綺麗に見えますよ」
「磯村副部長、微妙な数字ですね」
「あのさ、安西さん。いちいち副部長って言うの、やめてもらえないかな。なんか嫌な上司みたいじゃない?」
「でも、副部長は副部長ですから」
「正直、そう呼ばれると、食欲落ちるんだよねぇ」
専務を尋ねて来た彼に、新しくなった制服を褒められていた安西さんは、いつもより明るい声で応対していた。確かに、若い彼女達には、落ち着いた桜色が知的な華やかさになっている。私には、落ちつきすぎている気がして、少し老けたような感じがしていた。でも、専務のチョイスなだけあって、質も着心地もとてもいい。何より、デザインのおかげでとてもスタイル良く見えるようになった。
「せめて普段は、さん付けでよんでもらいたいな」
「でも、そう言うわけには…」
「大谷さん、いいですよね?」
カウンターの奥に居た私にわざわざ声がかかって振り向くと、思ったより真剣な視線に少し戸惑う。
「…」
「名前で呼ばれても、イイくらいなんだけど」
その視線を動かさずに、彼がカウンターに一歩近づくと、今度は安西さんが私の方を振り向いた。
「…承知いたしました。秘書室メンバーは、磯村さん、にさせていただきます」
「じゃあ、名前呼びは、個人的な時間にお願いします」
安西さんは私を見たまま、瞬いて口元をひきつらせる。私は、表情が変わらないように首筋に力を入れて、ゆっくり深呼吸した。
「磯村さんお忙しいですから、そんな時間はお取りになれないでしょうけど」
私の目を見たまま楽しそうに笑顔を作って、彼は専務室に足を進めた。
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