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ため息の余韻
俺だってバカじゃない。
たまに来るこの場所でも、彼女の視線が誰を追っているかくらいは、一目でわかる。
ここに来た当時は気にならなかった。垢抜けないツーピースに中途半端なローヒール、みんなお揃いの引っ詰め髪。秘書室は、どこから見ても昭和な感じの、お堅い空気を纏った彼女たちが静かに仕事をこなしているだけだった。
なのに、俺の親友が専務として株式会社マルモリに赴任した後、最初にした改革の一つのせいで秘書室は、別世界になった。
元々スタイルの良い彼女たちのそれが、更に際立つラインのブラウスとスカートにエレガントなスカーフ。靴は、ふくらはぎのラインが丁度柔らかく見える高さのミドルヒールになった。そして自然に髪をおろしたヘアースタイルは、嫌味の無い肩までのカールやまっすぐ揃えられたボブカットなど、それぞれの個性が光っている。
中でも、主任で専務付きの大谷さんは、文句の付けようがなかった。
170センチに近い身長はヒールのお陰で、隣で見上げられると、ちょうどいい高さに甘い石鹸の香りが漂った。緩く癖のあるセミロングの髪は、仕事の邪魔をしないようにきちんとセットされているせいか、知的だけれどキュートさのある表情を見るのに邪魔をしない。どこかの”フジ子ちゃん”とまではいかないけれど、プロポーションの良さは遠目でも分かる。
そんな彼女が毎日隣に居るのに、平気で仕事をしている親友に感心した。
「専務に時間、もらいたいんですが」
フワフワの小さな炒り玉子みたいな花が飾られた花瓶が置かれたカウンターに、彼女の姿があることを確認して声をかける。
「お疲れ様です、磯村副部長」
彼女は花瓶の横に立ち上がって、丁寧なお辞儀をする。
「美味しそうな、花ですね」
「…え?この花ですか?」
「子供の頃、母親に作ってもらった炒り卵っぽい。ご飯に乗っけて食べた気がする」
大谷さんは、小さく吹き出すように笑顔になる。
「…見えなくないですね。ミモザです。残念ですけど、食べられません」
そう返した言葉には少し親しみが籠っているような気がして、嬉しくなった俺はカッコつけるように肩をすくめた。
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