解体前夜

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ミシッミシッと足音をたてて、 私はスマホの動画撮影をしながら薄暗い階段を上がった。 明日、築25年のこの家は建て替えのため解体される。 家具や生活用品はすでに新居に移動し、ここはもう空っぽだ。 空っぽだけれど私が生まれてから23年もの間過ごしたこの家の姿を、 最後に映像に収めたかった。 階段を登りきった正面のドアを開ける。 ここが私の部屋。 最初は3畳ほどの納戸だったが、一人部屋が欲しいと親に懇願し、 2畳増築して私の部屋にしてもらった。 ベッドのあった場所、机のあった場所、 ゆっくりとスマホのカメラを横にパンする。 するとスマホの画面に人影のようなものが写った。 「ん?」 気のせいか?と思いつつ、右にパンしたカメラを左に戻す。 「!!」 やはり何かいる!! はっ!! とスマホの画面から目を離し、 人影の見えた空間に目を向けると、 そこには二十代半ばくらいの男が座り込んでいた。 作務衣のような服を着て、 長めの銀髪を後ろで一つに束ねている。 「きゃあ!!」 私は怖くなって逃げようとすると 「まぁ待て」 と、その男は言った。 妙に落ち着いたその声に、思わず立ち止まり、 「誰!?」 と聞くと 「俺? 俺はこの家の家神(いえがみ)」 と言った。 「家神? 座敷わらしとか!?」 「よく間違えられるけど、あれは別グループね。 あくまでも俺は家神」 「はぁ、で、ここで何を?」 「明日でここともおさらばだからさぁ。 名残惜しんでるわけよ」 「家神さんもずっとここに?」 「あぁ、この家が出来た時からここについてる」 「ずっと? 一緒に?」 「あぁ、あんたが中学受験必死こいてたのも、 初恋の男に振られたのも見てた」 「やだ!! ほんとにずっと見てたの? って言うかここで着替えとかもしてたんだけど!!」 「あぁ、そうだな。 俺的にはもうちょっと肉がついてる方が良いけどな」 「変態!! 最低!!」 「俺はそういうの見ても何とも思わんよ」 家神は「はは」と笑って言った。 何とも思わんのは神様だからなのか、 私の体に興味がないのか……? 「それじゃあさぁ、お父さんとお母さんが喧嘩して、 あたしが布団に潜り込んで震えてたのも知ってるの?」 「あぁ、あの時はもうこの家も終わりかなと思ったな」 「うん、でもあれから何とか持ち直して」 「そうだな、俺もほっとしたよ」 「お姉ちゃんの漫画こっそり読んだのバレて めっちゃ怒られた事もあった。 バレないように元の場所に きちんと置いたはずなのに何故かバレてさ」 「悪りぃ! 漫画俺も読んでたんだ! 置き場所とか適当にしてたから気づかれたんだな!」 「えーー!? あんたのせいなの!? すごい迷惑なんだけど!!」 「でもあんたらが気づかない所でフォローもしてたんだぜ! 洗濯物干しっぱなしでお母さんが出かけた時雨が降ってきてさ、 俺、風を吹かせてあんたか姉ちゃんが 洗濯物に気がつくようにしたりさ」 「え! そうなの!?」 「結局気づかなくて洗濯物びっちょびちょになっちゃってたけど」 「で、またお母さんに怒られる!!」 と、私たちは声を合わせて笑った。 「ねぇ、おうちが壊されちゃったらあんたはどうなるの?」 「俺?  俺はまた別の形状になって別の家に行くんじゃないかな?」 「そうなんだ……」 ちょっとしんみりした気持ちになった。 でも、私が生まれて今までずっと 見守ってくれてた存在がいたなんて……。 「よかったら次の家にも……」 そう言いかけて顔を上げると、 家神の姿はもうそこにはなかった。 あれ? 夢でも見たか!? 私はさっき録画したスマホの動画を再生して 家神が写っていないか確認をした。 すると、画面の中の暗い部屋の隅に 何かが転がっているのが見えた。 「何だあれ?」 実際の部屋の隅に目を凝らすと、 赤ちゃんの頃からずっと握って離さなかったと言う、 アニメのキャラクターのぬいぐるみが落ちていた。 すっかり忘れていたけど!! でもどうして今ここに!? そしてその形状はさっきの家神そのものだった。 「こんなボロボロになっちゃてるけど…… ずっと見守ってくれてたのよね?」 あたしは小さく微笑み、 そのボロボロのぬいぐるみを連れて新居に帰った。 次の日、家は予定通り解体された。 ユンボがバリバリと雷のような音を立てて壁を崩し、 二階の私の部屋も露わになった。 さよなら、家神様…… と、言いたい所だが……。 あの後、ボロボロのぬいぐるみと共に新居に帰った私は、 夜ベッドに入り天井を見て唖然とした。 「来ちゃった! これからもよろしく!」 奴は天井を背にして私と向き合いながら浮かんでいた。 そう言えばあれはいつぞやの年末、 お父さんが神棚を掃除して、 私とお姉ちゃんと三人で手を合せた時の事。 私はお父さんに問いかけた。 「ねぇ、神様ってどんな姿をしてるの?」 すると 「神様は姿が無いんだよ」 と、お父さんは言い、私とお姉ちゃんは 「え!?」 と横を向いてお父さんの顔を見た。 「神様はエネルギーだから形はないんだ。 でも、もし目に見えるとしたら、 それは見た人の想念が反映されてるんだろうな。 ちなみに俺はこの家の神様は綾瀬はるかだと思ってる」 「バカじゃないの!」 当時反抗期真っ盛りだったお姉ちゃんは 吐き捨てるように言った。 家の解体をきっかけにどこかから出てきた 大好きだったぬいぐるみが神様の存在を知らしめてくれた。 なんだかんだ言ってもこの家、家族が好きだ。 そして家神は今日も「ニッ」と微笑みながら、 肘枕で私の部屋で寝転がっている……。 c30efdc7-e5d9-40e9-9b67-72e60b152bb2
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