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Ⅲ.傀儡との戯れ
「要さん。ここに、お薬置いておきますね」
「ありがとう…、ございます」
ベッドの中で家政婦の園山に伝えたお礼は、嗄れて弱々しかった。
「慣れない環境で、きっと疲れが出たんですよ。ゆっくり休んで下さいね」
毎日秋庭家に通ってくれる園山は、穏やかな目許に皺を寄せて労ってくれた。
「食べたいものがあれば、言って下さいね」
と言い残し、彼女はそっと退室した。
扉が閉じてから、要は力の入らない身体を何とか起こした。
ただそれだけで、ぐらっ…と視界が歪んで回る。
「う……っ」
込み上げて来た吐き気が引くまで、顔を両手で覆った。
ガウンの袖が肘まで滑り落ち、両腕に付いた、痛ましい痕が目に入る。
泣き出したくなるのを堪え、サイドテーブルに置かれたグラスを掴み取り、用意された解熱剤を飲み込んだ。
一樹から凌辱を受けた身体はあちこち軋みを上げて、疼痛を訴えている。
加えて、38℃以上の高熱を出し、要は完全にダウンしてしまった。
ぼすん。と再びベッドに倒れ、虚ろな瞳で腕の痕を見つめる。
( どうしたら、いいんだろ… )
ー血の繋がりは無いとは言え、兄である一樹に、犯されてしまった。
一樹はあやめを恨み、あやめに良く似た息子の要を、征服する事で鬱憤を晴らしたのだろうと、要自身は理解していたが…。
( 一樹さんが言っていた事…。やっぱり本当、なのかな )
あやめの存在が一樹と利香を長期間苦しめ、昴の会社に入社したのを期に、離婚したと言うのは…。
確かめたいが、あやめと昴は既に海外にいる。
それに…。訊けたとしても、折角の旅行中に訊くには、余りにも重すぎる内容だった。
「…みつ、る……」
優しく、聡い弟の名前を呼ぶと、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。
要を守る為に自発的に柔道を習い、常に支えとなってくれる心強い弟は、今はいない。
一樹に無理やり犯された事を知ったら、どれ程ショックを受けるだろうか。
ーもう、あやめにも充にも、誰にも相談出来ない…。
熱と、じくじくした痛みを孕む身体を丸め、絶望に瞼を閉じた。
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