Ⅰ.開 演

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「エッ?あやめさん再婚したの?!また…えらい、急な話だな」 「うん…。重大な事でも相談無く即決しちゃうのは、今に始まった事じゃないんだけどね…」  母親が再婚宣言した翌日、要は同級生の碧川(みどりかわ) 哲二(てつじ)に、こそっと耳打ちした。 「三年生の秋庭 一樹って人、碧川は知ってる?その人の父親と再婚したらしくてさ…」  訊かれた碧川は、あやめの再婚を知った瞬間より吃驚している。  しかもかなり、呆れ気味に。 「…そら、知ってるよ。と言うか、知らないでいる要の方がおかしいぞ」 「え、なんで?有名な人なの?」  怪訝に首を傾げると、窓辺から差し込む光に、要の細い髪が飴色に透けて揺れた。 「うん、めっちゃ有名。秋庭先輩の父親が経営者だってのは、知ってるんだよな?」  それは昨日あやめから詳細を聞いていたので、自信を持って頷けた。 「ガス会社の社長だよね」 「そうそう。でも経営なんかしなくても、元々、超裕福な人達らしいぜ」 「……不動産所得が、ある、とか?」  碧川は大仰に頷き、腕を組んだ。 「その通り!秋庭家って、繁華街を含む駅前一帯の大地主だからな」 「へえ~。そんな凄い人の子供が、同じ学校の生徒だったんだ」  のんびりとした調子を崩さない要に、苦笑を漏らす。 「家と親が凄いってのもあるけど。秋庭先輩、生徒会副会長だし。毎朝の巡回で、何回も会ってるはずだぜ」 「そ、そうだっけ…」  呆れられた理由が分かり、ちょっと顔を赤くした。 「文武両道、眉目秀麗。おまけに面倒見が良くて優しい、人間の出来た先輩。って事で、男女を問わず、全生徒に絶大な人気がある貴公子。…らしいけど?」  ニヤッ。と含み笑う碧川と、目が合う。 「そっか。色んな人に信頼されてるみたいだし、安心して一緒に暮らせそうだね」  御曹司とのきらびやかな新生活に、恐縮して縮こまるかと思いきや、要はどこまでも、のほほんとしている。  狙い通りの反応が返って来ない事に、がくっと肩を落とした。 「…要って、小さい時から苦労してるもんな。色んな事がありすぎて、御曹司との新生活位じゃ驚かないか。弟の充君は?嫌がったりしてないのか?」  実は碧川は、要が小学生の時から仲良くしている友人である。  なので、彼が置かれた複雑な家庭環境を知る、数少ない一人だった。 「充は、俺よりずっとしっかりしてるから。昨日も寝る前に、秋庭家に持っていく荷物を纏め終えてたしね」 「相変わらずだなぁ」  苦労をした覚えは無いが、色んな事があった。と言うのは当たっている。  母親のあやめは19歳の時に、柳と言う五つ上の男の子供を妊娠し、彼と一緒に実家を飛び出してしまった。  紆余曲折の末に産まれたのが要だが、父親の柳は彼が産まれて直ぐに、病死してしまう。  そして要が一歳の時に、 立花(たちばな) (れん)と言う男があやめを見初め、結婚した。翌年に産まれたのが、異父弟の充である。  だが、充が産まれて半年も経たない内に、父親の立花はあやめと離婚し、忽然と姿を消してしまった。  かなり無責任な話だと思うが、当のあやめは、その事を全然気にしていない。 『私がガサツ過ぎて、嫌になっちゃったのよ、きっと』  と、まだ小さい要にそう説明し、あっけらかんと笑っていた位だ。  母親のあやめはかなりの美人で、昔から常に異性を惹き付ける存在だった。  しかし、生まれつき豪快な性格をしており、同時に剛胆な女性でもある。  美しい見た目の割りに中身のギャップが激しく、引いてしまう男も多かった。
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