Ⅰ.開 演

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「あやめさんが結婚したって事は、苗字が立花から秋庭に変わったのか?」  う~ん。と、要は首を軽く唸った。 「公の書類上ではね。普段の生活では立花を名乗るよ。秋庭先輩と家族になった事は、碧川にしか言うつもり無いし」 「まじか。…まぁ、秋庭先輩の事は、黙っていた方がいいだろうな。物凄い騒ぎになるだろ」 「そうだね…」  母親のあやめは立花 蓮と離婚した際、面倒だからと名前はそのまま残した。  実家とは絶縁状態だし、仕方ないと言えば、そうなのだろうが。 「おっ。噂をすれば…。例の、秋庭先輩じゃん」  生徒会のメンバー達が巡回の為に、彼等の教室までやって来た。  廊下と、教室の間にある壁は腰窓が一面に並んでいる為、廊下にいる彼等の様子が窺い知れる。  ガラス越しに、三年生の秋庭 一樹を目にしたクラスの女子達が一斉に心をときめかせたのを、鈍い要ですら瞬時に察した。  一樹は長身な上、姿勢が良い。 元々の骨格が綺麗でスポーツが得意だからか、体幹がしっかりしており、周りにスマートな印象を与えている。  隣にいる生徒会長( 多分 )と、身長は同じはずなのに、一樹の方が大きく見えた。 「…本当だ。凄く、格好いい人だね」  要が思わず呟いた位、彼は惚れ惚れするような、大人びた美青年だった。  (はがね)の黒髪は艶があり、それと同じ色の瞳は切れ長で、鋭い眼光をしていた。  だが一度微笑むと、眼光の鋭さが和らぎ、がらっと優しい雰囲気に変わる。  一樹は周囲の視線を自然と惹き付けてしまう、そんな魅力を持っていた。 「……」  陽の当たる窓辺から見つめている要に気付き、一樹の方も、静かに視線を合わせた。  立花 要は陽射しを受けると、その美しさに、より磨きがかかる。  細い絹糸のような明るい髪は陽に当たると透け、きらきらと飴色に輝く。  そして、毛先にかけて緩く波打つ特徴的な髪をしていた。  柔和な印象を与える眦に、瞳は黒く縁取られた、伽羅色。  これも側面から陽が当たると透けて、宝玉のような輝きを見せた。  縁取る長い睫毛が、瞳の美しさをより際立たせている。  艶のある珊瑚色の口唇に、透き通る程の白い肌を持つ要は、震えが来るほどの美貌を備えていた。  束の間、二人は互いを見つめ合い、やがて一樹の方から視線を外した。  要のクラスの学級委員に幾つか言伝てると、彼は他のメンバーと共に隣のクラスへ行ってしまった。  残念そうなため息が、女子達の間に次々と漏れる。  暫くしてからやっと、年相応の黄色い声が、わっと上がった。 「うぅ~っ、やっぱり秋庭先輩って、カッコいい!!」 「この学校に入って良かった!って思える、一番大きな理由よね」 「めっちゃカッコ良くて、色んなスポーツが出来て、頭も良くて、極めつけにお金持ちだなんて…。秋庭先輩は理想の王子様。よね~」 「先輩の、彼女になりたぁい!私と付き合ってくれないかな~っ」 「何言ってるのよ。この身の程知らず!」  あちこちで、女子同士の小競り合いが始まり出した。 「…お前のお兄ちゃん、同じ男として死ぬほど羨ましいし、モテまくりだな……」  碧川は少し遠い目をしている。他の男子達も同様に、死んだ魚の目をしていた。 「う、うん…」  お礼を言うべきなのか、謝るべきなのか…。  本気で喧嘩を始めた女子達を尻目に、要は曖昧な笑顔を浮かべるしか無かった。
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