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見るからに固そうな粘土の腕が金髪の男の頭上に降りかかる。
「ひっ……うわあああ!?」
男は絶対的な死を覚悟して絶叫しながら、両腕で顔を覆って地面に座り込んだ。
彼の頭の中で、歩んできた人生の思い出が走馬灯として高速で流れていく。
一番強く彼の脳裏に浮かんだのは、女手一つで自分を育ててくれた母親の笑顔だった。
(ああ、おふくろ……こんなゴロツキの親不孝息子で悪かった。その上、親より早く死ぬ息子を許してくれ……)
遠く離れた故郷に居る母に心の中で謝る金髪男の頭に、粘土の腕が今正に直撃しようとした……その瞬間。
「やだやだ……これだから野蛮で嫌いなんだ、ゴーレムは。美しい俺の前で、醜いスプラッター劇はやめてくれよな!」
すぐ間近で青年のような声が聞こえてきたかと思うと、ブンッという音と共に金髪男の顔を風が薙いだ。
「……へっ?」
聞き覚えの無いその声と覚悟していた衝撃が来なかったことに驚いて、目を開けた金髪男の視界に真っ先に飛び込んできたのは……鮮やかなオレンジ色のカボチャ。
それは、笑った顔の形に一部をくり抜かれた普通の何倍もある大きなものだった。
奇妙なことに、そのカボチャから黒いマフラーを巻いた白いシャツ姿の青年の体が生え、やれやれと人語を話しているのである。
「あっ……えっ?な、何が起こって……って、今度はカボチャの化け物!?」
「化け物って……酷いな。俺をこいつらみたいな下級の怪物と同じだと思うなよ?まあ……"悪霊"には変わらないけどさ」
そう言うとカボチャ頭の青年は、コンクリートの壁に背中から叩きつけられて"くの字"に倒れているゴーレムの方をチラリと見た。
彼の右手にはそのゴーレムを吹き飛ばした武器であろうピッケルと斧を合わせたような武器……ウォーハンマーがしっかりと握られている。
「あ、悪霊がなんで俺を助けて……?」
「……別に好きで人助けしてるわけじゃないさ。俺が欲しいのは……あいつらの魂だからな」
カボチャ頭を向けて答える謎の青年の姿に、ひっと男性は押し殺したような悲鳴を上げた。
カボチャ頭の下でエメラルドカラーの瞳が怪しげな光を放ち、くり抜かれた口部分から見えた青年の口元には、張り付いたような不気味な笑みが浮かんでいたからである。
そんな彼の後ろで早くも体勢を立て直したゴーレムは、チャンスとばかりに両腕をカボチャ頭の青年に向けて振り上げているところだった。
「あっ……う、後ろ!!」
「んっ?」
ゴーレムの襲撃に気付いた金髪男が、カボチャ頭の青年の後ろを指差して大声で彼に忠告する。
カボチャ頭の青年が振り返った時、ゴーレムの腕は既に彼の頭スレスレの位置まで振り下ろされていた……ように見えたのだが。
「えっ!?き、消えた!?」
ゴーレムの腕が直撃する刹那、カボチャ頭の青年の姿がフッと消えたかと思うと
「メス!」
カボチャ頭の青年の姿は一瞬にしてゴーレムの頭上に現れ、ゴーレムの頭にフゥと息を吹きかけながら彼はそう叫んでいた。
すると、ゴーレムの体は金縛りに遭ったかのようにピキッと固まり、すぐにゴシャと鈍い音を立てて地面に崩れ落ち、終いには砂と化してサラサラと風に溶けていく。
(す、すげえ……あの化け物を簡単に倒しちまうなんて……このカボチャの化け物、一体何なんだ……?)
金髪男性がその鮮やかな手並みに感嘆して呆けている中、カボチャ頭の青年は仕事は終わったと彼に背を向けて歩き出そうとしたが
「……っと!忘れるところだったな……やっぱり一年のブランクがあるとどうも、ね。ただ働きなんて……ごめんだぜ」
何か思い出したようで、くるりと金髪男性の方を振り返った。
彼の左手には先ほどまで携えていたカボチャ頭と同じく、顔の形でくり抜かれた白いカブのランタンが携えられている。
「さあ……回収の時間だ。こっちへ来い……哀れな魂よ」
カボチャ頭の青年はそう呟くと、カブのランタンを軽く横に二三度振った。
その途端、ゴーレムの消えた場所から何か黒いふわふわした光が現れ、それはカブのランタンの中にスゥと吸い込まれる。
「よしっ……無事回収、っと。んっ?」
と、そこでカボチャ頭の青年は何かに気付いたように声を上げた。
彼の視線の先には、地面に這いつくばるような体勢でその場から逃げようとする金髪男性の姿があったのである。
(い、一体、何なんだよ!?ハロウィンにはまだ早ぇはずだろ!?土の化け物の次はカボチャ頭の化け物とか、意味わかんねえし!あんなのがヒーローのはずは無え……つ、次にやられるのは俺だ!)
そう考えた彼はカボチャ頭の人物が黒い光の回収に気を取られている間に、その場から離れようとしていたのだが
「なあ?どこ行くんだよ?あんたのことを助けてあげた俺に、お礼も挨拶も無しにトンズラしようって算段じゃないよな?」
「ひ、ひいっ!?」
カボチャ頭の人物はスッと彼の目の前に瞬間移動し、怯える金髪男性の顔にカボチャで頭をズイッと近付けた。
くり抜いた目の部分から怪しげに光るエメラルドカラーの瞳に射竦められ、金髪男性は蒼い顔を更に蒼くしてブルブルと生まれたての小鹿のように体を震わせる。
「いっ、命だけは!お、俺は、む、無力な客引きだ!ど、どうか、お慈悲を!!」
「もしかして……恐怖で錯乱してるのか?心配しなくてもあんたの命なんか取らないさ。それよりも……もっと欲しいものがある」
カボチャ頭の人物はそう宣言すると、ウォーハンマーを腰のベルトにしまい、右手のひらを彼に向けて差し出した。
「えっ?あっ?な、何を……?」
「"トリック・オア・トリート"。こう言えばわかるか?さあ……さっさと俺にお菓子を寄越しな。さもないと……」
「さ、さもないと……?」
言葉を繰り返して尋ねる金髪男性に対して、カボチャ頭の人物はここぞとばかりに声を張り上げる。
「あんたの顔面をカボチャに変えてやるぞ?なーんてな!アハハハッ!」
「……はっ?」
何言ってんだこいつと金髪男性は白けた顔をしていたが、カボチャ頭の人物の被り物の下から見える瞳は一ミリも笑っていないのだった……。
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