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北の方角に沿って進んでいくと、その滝が見えてくるらしい。確かに彼が言っていた通り、道は途中から山道に変わってなかなか険しくなる。
龍。ドラゴン以上の希少種。もう絶滅してしまった伝承だけの存在。そんなものが本当に実在するのだろうか?
太い木の根に足を取られないように進んでいくと、奥から湿った空気が飛んでくる。
「おぉーっ!」
それを目にして思わず感嘆する。木々に挟まれた十五メートルほどの滝だ。苔むした山肌からは真っ白な水が絶えず流れ落ち、空気を含んで白いもやを充満させている。上からは光が射し、小さな虹ができている。滝壺は静謐とした趣があっていい。空気がきりっと冷えていて肺が浄化されるようだ。
ぱしゃっと銀マスが水面を跳ねる。
ん?
今あの魚、紅色の鱗を咥えていたような。
そこでふと気付く。近くに黄色い鱗が落ちている。周囲を見渡すと、他にもいくつか鱗が落ちて光を放っていた。
眉をひそめる。鱗は取り尽くされたと言っていた。彼が観光名所として勧めるくらいだから、道が険しいとはいえ他にも誰か来たはずだ。鱗がある場所を教えるはずがない。
龍が新しく落としたものだろうか。しかし誰も拾っていないところから考えるに、落ちたのはつい最近。
「あれは……」
近くの木に爪痕が残されているのを発見する。もしやこの辺りを住処にしているのではないだろうか。
黄色い鱗を拾い上げる。艶があって美しい。幸運を呼び寄せると噂されるのも分かる気がする。しかし、この美しさが人々を惑わせてしまったのだ。
「美しさが幸せを運ぶとは限らないね」
きっと持って帰らない方がいいだろう。僕は鱗を滝壺に向かって投げる。
鱗は白い飛沫に呑まれ、魚のように清流を泳いでいった。
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