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「優雨」
優しい声が聞こえた。
「起きて、優雨」
懐かしい声に僕は目を開けた。
「おはよう。優雨」
「……母さん」
足が震えて視界が歪む。耐え切れなくなった僕の足が一歩後ろに退いた。
「いたっ」
何かにぶつかった。
「いきなり後ろに下がってくるなよ。びっくりするだろう?」
「……父さん」
「ごめんな。優雨を一人にしてしまって」
流れそうになる涙。
「ああ、そうか。これは夢だ」
僕の独り言に父さんと母さんが微笑む。
「優雨にとっては夢かもしれないけど、父さんたちにとっては夢じゃない。彼が少しだけ時間をくれたんだ」
「夢じゃない?彼?意味が分からないよ……」
「無理に分かろうとしなくていいさ」
せっかく乗り越えられたと思っていたのに、目の前の現実に心が揺らぐ。夢なら覚めて欲しくないし、もうどこにも行きたくない。みんなのところにいたい。
ずっとこのまま……。
「お兄ちゃん!」
背中に誰かがぶつかってきたので振り返る。声に出す前にそれが誰か僕は分かっていた。
「……優空」
「今、自分もって考えてたでしょ?」
「考えてないよ」
「このままずっとここにいたい。だから自分もって」
小さい時からそうだった。いつも優空は僕の心を読んでくる。僕よりも六つも下なのに、僕なんかよりもしっかりしている。
「考えてないって……」
「嘘はだめよ?今のは優空じゃなくたって分かる」
「母さんまで……」
「優雨がそう思ってしまうのも無理はないさ。もとはと言えば優雨を一人にしてしまった父さんたちが悪い」
「確かにそうね。ごめんなさい、優雨」
「ごめんね、お兄ちゃん」
なんでみんなして謝るの?父さんたちは何も悪いことなんてしてないのに。僕なんかよりもよっぽど辛かったはずなのに。
「悪いのは父さんたちじゃない。悪いのは……」
行き場のない思いと涙が止まらない。
その場にいなかったという自分の無力さが自分の首を絞める。もしもあの時こうしていれば、なんて言葉も形作れない。後悔することすらも叶わない。
「分かっただろう?優雨がいつまでも引きずっておく必要はないんだ。もう苦しむな」
「母さんたちのことはもう忘れて、自分のために生きなさい」
「大切なモノはもう見つかっただろ?」
次の言葉が震えないように必死に歯を食いしばる。
あいつが言っていた。最後なんだと。きっとこの瞬間も、あいつとの二人の日常も。
「うん!」
笑って終わりにしよう。
「もう大丈夫だから。心配しないでよ。もうさっきみたいなことは言わない。ちゃんと生きるから……」
そうじゃないとみんなが安心できない。せっかくあいつがくれた大切な時間が無駄になる。
「さすがだな」
頭の上に父さんの手が乗った瞬間、僕の中の緊張が糸が切れた。
「……」
涙が止まらなかった。息ができなくなるほど溢れ出して止まらない。
「ちゃんと見守ってるから、安心して」
「じゃあねお兄ちゃん。当分の間はこっちに来ちゃだめだからね」
涙ですでに見えなくなっていた視界。優空の声を最後にその時間はそっと終わりを告げた。
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