質屋

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「いやなことを後回しにしなくなる心を手に入れたら、どうなるかな?」 「時間を有意義に使えるようになるんじゃないか? いやなことが片付いたら、思う存分好きなことができるんだから」 「そうかもしれないけど、いやなことイコールやらなくてはいけないことは、次々出てくるよ。仕事が終わったら、家のことやって、食事して、手芸して、植物に水あげて、お風呂入って、髭剃って、また家のことやって、明日の準備して…」 「手芸はやらなくてもいいことなんじゃないの? 趣味でしょ」 「いやいや、趣味でありながら、無駄でしんどいことでもあるんで、やりたくはないんだ」 「じゃ、やらなかったらいいじゃん」 「手芸やるために、生きてるようなとこがあるから、いやでもやらなくちゃいけないんだ」 「いやなことを後回しにしなくなる心を手に入れところで、それでは何も変わらないな。キリがない」 「そうだな。その心を買うためには、金が必要で、金はいやな仕事をしないと稼げないからね」 「え、お前まだ、仕事なんかしてお金稼いでんの?」 「は? 他に金を稼ぐ方法なんかないだろ?」 「何もわかってないんだな。まず先に良心を質屋に入れてみ。それで大分変わるから」 「そんなことでいいのか、じゃあ早速、次の土曜にでも良心を売ってこようかな」 「いいか、間違っても少しの良心の欠片も残すんじゃないぞ、少しでも残ってると、あとで混沌が生まれるからな」 「わかった。有意義な人生にするために、要らないものから、きっちり吐き出しくるよ」  次の土曜日、すべての良心を質屋に入れた。ぼくの良心を買った人は、どんな人生を送ることになるのだろうと思いを馳せたが、その瞬間、他人の人生に一切の興味が持てなくなっていたことを悟った。
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