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肘をつき、俺の手の中で潰れた紙コップと同じものを手元でゆらゆら揺らしながら、乾はなおも話しを続ける。
「ねえ、長谷川先輩。春瑠さんてナンか色っぽいと思いません?」
話題は春瑠のことで変わりないのだけれど、突然今までと話の方向性が変わった。
「何か危なっかしいっていうか、頼りないっていうか。アンニュイ……って言うんですっけ、そんな感じ」
「…………」
手にしたコップをテーブルに置き、黙ったまま何も返さない俺の顔を上目遣いで覗くように見上げると、自身のやや垂れた目尻を指さし言葉を続ける。
「ここにあるホクロとか、めちゃくちゃエロくないですか?」
左目のそこをトントンと人差し指で叩いて、こっちに向かって薄く笑みを漏らした。
ここに春瑠がいないせいか、妙に挑発的な後輩の態度が不穏な空気をもたらし、さっきからヒリヒリしている俺の脳裏が益々ささくれ立つのが分かる。
そんな俺をわざと煽るかのように、テーブルの上に身を乗り出すようにしてこちらに顔を近付け、さらに言葉を付け加えた。
「左の目許だけじゃなくて、春瑠さん左の太ももの付け根にもホクロあんの知ってます? カシオペヤ座みたいなやつ」
前髪の向こう。二重目蓋の黒い瞳。
俺のことを観察するみたいに見てきたコイツの目が最初から気に食わなかった。
(――なんだ? こいつ)
マジでイライラする。
高校時代の部活。関係の良くない両親。
こいつから聞かされる俺の知らない春瑠。
この男は俺の知らない場所にあるあいつのホクロを知っている――。
既に形を変えていた紙コップを手の中で握りつぶし席を立つ。
「知らねえよ。男の股のぞく趣味ねえわ」
そう言い残し、潰れたコップをゴミ箱に投げ捨ててその場を後にした。
ささくれ立ったままの脳裏に、腕の中で震えた華奢な背中やうっすら汗をかく羞恥に染まった首筋が映る。得体の知れない苛立ちに無意識のうちに握りしめていた手をほどき、俺はそこに視線を落とした。
今この手で無性にあいつの身体に触れたいと思った――。
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