13.  青い炎

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 耳元に顔を寄せたまま黙っている俺をいぶかしむように、少しこちらへ首をひねった春瑠の耳たぶが頬に触れる。いつも俺の行動に反応してポッと熱を持つそこは、今はほんのりとした温かさを伝えてきた。 「――……お前さ、兄弟いる?」  不意にたずねた俺に “え?” っと 驚いたように短く声を発し、その後春瑠は小さく首を振る。 「いない。一人。……達也は兄貴っぽいな」  いつか由季にも言い当てられたセリフをこいつからも聞かされた。何でわかるんだと聞いても、すぐ側で曖昧な顔で笑うだけ。 「ああ。5コ下に弟がいる」  苦笑する春瑠にそう答えた。俺にできた忠実な子分。初めて現れた時はサルだったけど。  そんなことを思い出しながら、俺自身も自分のことをこいつにあんまり話したことがないなと気づく。  入学当初から気が合ってずっとつるんでいるのに、実際俺たちはお互いをどこまで知っているのだろう。  けっこう早い段階から気付いていた春瑠の俺に対する少し特別な感情を知ったうえで、ことあるごとに絡んでいく俺。他の奴には見せない表情を見るたび、こいつは俺のものだと思った。この顔を知っているのは俺だけだと。  だけど――……。 「実家、どうだった?」  耳元でボソッとたずねた言葉を聞いて、さっきまで笑っていた表情が強張ったように思えた。今度は春瑠が口をつぐみ沈黙する。 (母親の具合、悪いんだろ?)  そこそこ長い日数家に帰っていた理由。ついこの前、それをこいつの口からではなく聞かされた。 (お前んち、ナンかややこしいんだろ?)  人づてに、しかも一番気に食わないヤツから教えられた俺の知らない春瑠のこと。  なあ。  俺お前から聞きてえんだけど……。  暫く沈黙が続いた後、春瑠がポツリとつぶやいた。 「……うん。別に、特になんもない」  もう一度薄く笑う気配がする。でも至近距離で感じるそれは、そのぎこちなさをこちらに伝えてきた。 (──なんだよ)  それだけ言うと、その後言葉を続けることはなくまた沈黙が流れた。ずっと後ろ抱きにしたままの腕の中で、春瑠がやや身を小さくするのが分かる。 (なんだよ……。なんで俺には何も言わねんだよ)  ジリジリとまた身体の中で青白い火種が目を覚ましそうだ。  覗き込むようにして探った表情は、うつむき加減で目を伏せ、あの涙ボクロがいつもに増して憂いを帯びているみたいに見える。このホクロをめちゃくちゃエロいと笑った後輩。  あの男は知っていて俺が知らないお前がいることが、どうしてこんなにも俺の気持ちを苛立たせるのか。  そしてそれを自覚する度、そんな自分とそうさせる春瑠に対する鬱積が、腹の中に(おり)のように溜まっていく。  身体の奥で発火した炎は、その澱を溶かさんとするかのようにじわじわと俺の中で広がっていった。
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