2 狂い出した運命

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2 狂い出した運命

 町外れの海岸沿いに建つ明旺学園は、パンフレットの写真よりも真新しく見えた。  海岸沿いということから海をイメージしているのか、校舎の色合いは砂浜の白から薄い水色までのグラデーションになっている。どこかグレイスみたいな色だ、と思いながら、校門に立って校舎を見上げていると、ぽんと肩を叩かれた。  振り返った先にいた人物に、あっと声を上げる。 「よっ、清月もここに入学するんだな」 「お前……まさか、大河?」 「そそ。久しぶりだなぁ」  にっと白い歯を見せ、嬉しそうに目を細める姿は、幼い頃の姿と重なった。  溝口大河。彼とは幼少期、グレイスと3人でよく遊んでいたことがある。だが、小学校卒業と同時に、親の仕事の都合で大河が引っ越してしまい、それきりになっていた。  その大河は清月やグレイスとは違ってβだったため、特段目立つようなところはなかったが、気さくな性格から友人が大勢いた記憶がある。 「久しぶり過ぎてびびった。大河、背が伸びたなあ」 「当たり前じゃね。何年経ったと思ってるんだよ。てか、俺よりαのお前の方が背が高いし。若干見上げないといけないのが腹立つわ」  笑いながら、大河の手が伸びてきて清月の頬を撫でる。くすぐったくて笑うと、包むように手を添えられた。 「……?」  ふいに、見返してくる大河の顔つきが真剣味を帯びた気がして、戸惑う。 「たい……」  呼びかけようとした、その時。唐突に影が差し、横合いから伸びてきた誰かの手が大河の手を掴み、清月の頬から離す。 「え……」  顔を上げた先にいた人物の正体に、一瞬思考が停止する。  短く切り揃えられた白銀の髪に、目を見張るほどの美貌は見間違えようがない。だが、信じられないのはグレイスがいること以上に、グレイスが着た制服だった。 「なん……で、お前も、同じ制服……」  呆然と呟くように聞いた清月に、グレイスは案の定答えることはなく。大河の手を離して、そのまま校門の中へ入って行ってしまう。 「お、今のグレイスか。おーい、グレイスー!」  大河が大声で呼びかけるが、グレイスは振り返ることはなかった。 「何だ、あいつ。何か昔と変わってスカした奴になってしまったな?反抗期か?」 「……まあ、ちょっとな……」  苦笑いを返しながら、ああそうか、と思い至る。 そういえば、グレイスがああなったのは大河が越した後だったから、大河は知らないのだと。  説明を求められるかもと身構えたが、大河は全く違う話題を振ってきた。 「ま、俺は清月がいればいいからな。それよか、この学校の校則聞いたか?極秘ルートで入手したんだけどな……」  大河の話に耳を傾けようとしたが、校舎の大きな時計を見て慌てる。 「やば、急ぐぞ大河。あと2分で入学式が始まる」 「うおっ、マジか。やべえ」  大河と共に体育館まで走ると、駆け込んでほとんどすぐに入学式が始まった。  壇上に上がっているのは、スラリと手足が長く、役者のように美形な男で、ひと目でαだと分かる。  その男が一礼してマイクを手にした時、体育館後方にいる在校生らしき生徒たちにさっと緊張が走ったように感じた。 「……?」  疑問に思い、後ろを確認する間もなく、男は話し始めた。 「新入生の皆さん、初めまして。私はこの学園の学園長を勤める西園寺良一と申します。さて、入学式を始める前に、まず皆さんにお渡ししないといけないものがあります」  西園寺は胸ポケットを探り、一枚のカードのようなものを取り出した。それを顔の前に掲げながら、周りによく見えるようにする。  遠目にも、何かの記号が書かれているのが見えた。 「これが何であるかは、在校生の皆さんには分かるかと思います。嫌な顔をしている人もいれば、嬉しそうな顔をしている人もいますね。無理もありません。昨年は皆さんに大変な試練を課しましたから。しかしこれは、ゆくゆくは国全体で行う政策となりますので、ご理解いただければと思います。そして、新入生の皆さん。中には極秘ルートで情報を入手した人もいるようですが、知らない人が大半だと思われるので、説明します。質問や意見のある人もいるでしょうが、一番最後まで聞いてからにして下さい」  そうして西園寺が話し始めたこの学園のルールはとんでもないものだった。  近年増加しはじめた獣人に反比例して、もともと少数派だったΩは減少傾向にある。それに伴って再び加速しつつある少子化を国は危惧し、政策を行うことにした。それは、人為的にΩを生み出すこと。  そして、ここ明旺学園では、その政策に先駆けて独自の試みが行われることになった。  その試みとは、まず入学と同時に、新入生全員にランダムで1枚のカードが配られる。そのカードには、Ω、α、βのいずれかが書かれていて、もし自分の本来の性別がαだとしても、βと書かれていればβ、Ωと書かれていればΩとなる。  そして、その性別に変わるべく、国が開発した薬を飲まなければいけない。さらに、その体でΩとαは番になる相手を、βは結婚相手を見つけなければいけないわけだが、見つけられた暁には、そのまま卒業資格が得られる。  ちなみにここで特別ルールが存在して、例えばβがΩと番いたい場合、さらに薬で体を作り変えてもらうことも可能だ。  ただし、一度は必ず配られたカードの性別にならなければならず、二度飲むと体に相当な負担がかかるため、挑戦した者はほとんどいない。 「……以上が我が校の大きな校則となります。ちなみに、この校則に従えない者は自主退学していただきますが、たとえ今ここから逃げ出したとしても、いずれは国が行う政策となりますので、一生逃げ続けることは不可能でしょう。何か、質問のある人は……」  体育館中がざわつく中、一人の生徒が手を挙げた。小柄で、気弱そうに見える。 「どうぞ。皆さん、静かに」  近くにいた教師が少年にマイクを渡すと、少年はおどおどと話し始めた。 「あの、僕は見ての通りΩなんですが、Ωを人為的に生み出す計画ということは、ΩはΩのままで、αとβだけが変わるんですか?」 「非常にいい質問ですね。実は昨年はそのようにするつもりでしたが、Ωなのにβだと嘘をつく者も中にはいたため、今年からはΩも含め、全員にカードを配ることにしました。ランダムと言っても、数はΩ、α、βそれぞれほぼ同数でして、当然ながらΩがαになることもありえるわけです」  そこで、また別の少年が手を挙げた。 「はい、どうぞ」 「Ωがαになったり、αがΩになると外見が変わるのですか?」 「中にはそういう者もいるようですが、基本的には生殖器のみを作り変えるための薬となっています。人体に影響がないか十分に試験が繰り返されましたので、一度までは問題ありませんが、二度目は注意していただくようにお願いします」  それから幾度か質疑応答が繰り返されたが、いずれも取るに足らない内容だった。  しかし、誰もが思っているだろう最大の疑問は、なぜこの学園に入学してしまったのかだったが、それに対する答えは恐らく誰も持ち合わせていなかった。    一方で、清月は西園寺の話を聞き終えた今、一つの願いを思い描いている。  どうか、自分に配られたカードがβであってほしい、と。  αとしての人生は清月には重荷だった。βとして普通の幸せを得られるならどんなにいいだろうと、これまで何度も考えてきた。  だから、どうか。 「さあ、カードを配る前に、私から皆さんに質問です。ここまでの話を聞いて、学園への入学をやめるという人がいたら、手を挙げて下さい。この後で退学となりますと、相当な理由がない限りは認められませんが……」  西園寺がぐるりと見渡す動作をしたが、ここから見る限り誰も手を挙げていないようだ。これから再度、他校への入学試験を受けたりするのが面倒だと考えたのかもしれないが、少し意外だった。 「はい。いないようですね。今年は皆さん、肝が座っているようで何よりです。では早速カードを配りますが、勝手に交換などしたりしないよう、ここからしっかり見張らせていただきます」  西園寺がマイクを置くと、周囲に控えていた教師が動き出し、よくコンビニなどで見かける抽選箱のようなものを持って、新入生の間を行き来し始めた。  カードを見て喜ぶ者、落胆する者、無反応の者など様々で、異なる性別を引いた者はその場で薬を飲まされている。  最後尾付近にいた清月の番がいよいよ回ってきて、箱に手を入れると、3枚のカードに触れた。  どれだ……?  3枚という数から、Ω、α、βのそれぞれのカードが全て揃っているような気がした。手に目がついているわけでも、透視能力があるわけでもないため、慎重に一枚ずつ触れ、最後の一枚を手に取った。  箱の中から引き抜き、期待を込めて裏返した清月は、足元が崩れていくのを感じた。  清月が引いたカードは、βではなく、Ωだったからだ。
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