3 波乱の幕開け

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3 波乱の幕開け

 ……なんだ、これ。気持ち悪い……。  薬を飲んでから一時間後、急激に体に異変が現れ始めた。体温が不安定に上昇と下降を繰り返しているのか、寒くなったり熱くなったりと忙しく、下腹部に何か別の生き物が蠢いている感覚がして、酷い吐き気がする。  さらに、頭を岩で殴られているような激痛が次第に増していき、壇上で話している市長だか町長だかの挨拶の声が、近づいたり遠ざかったりを繰り返した。 「……で、……して、皆さん……は……」  聞くのはとっくに放棄して、他の新入生はどうかと見回したが、見える範囲では清月と同じような状態の生徒はいないようだ。  一度までは問題ないというのは大嘘だ。  そう思ったのを最後に、新たに加わった眩暈に襲われるまま、ふつりと意識が途絶えた。  静寂の中に、波が打ち寄せる穏やかな音が響いている。  そのせいか、昔、グレイスと大河と3人で海に行った時、グレイスだけが酷く海を怖がっていたのを思い出した。  ーーグレイス、なんでそんな海が怖えの?  大河と二人で水を掛け合って遊ぶのに飽きて、浜辺で一人、ぽつんと海を眺めているグレイスの方に近づいて聞く。  ーー分からない。水はもともと苦手だから。  ーー溺れたことでもあるのか?  ーーいや、ない。ただ、怖いというか、水が体に纏わりつくのが嫌いなだけ。  ーー?そう、なんだ……。  グレイスのことが分からない。そう思ったのは、それが最初だった気がした。  それから、グレイスは時々清月をじっと見てくる瞬間があった。視線を感じたら大抵、その先にグレイスがいた。  笑いかけると、ふいと逸らされ、反対に清月から視線を逸らすと、必ずと言っていいほど話しかけてくる。  ーーグレイスって、わけ分からん。  ある時、グレイスがいない場で大河に愚痴るように言うと、大河は真顔になって言った。  ーーお前、鈍いよな。  ーー何が?  ーーグレイスは……。いや、何か教えるのも癪だから言わね。  大河は分かっているようだったけど、教えてくれなかった。  だったら直接グレイスに尋ねようと思った。でも、タイミングが掴めなくて、聞けないまま時間が過ぎて。あの日から、グレイスは口を利いてくれなくなった。  喧嘩をしたわけではないけれど、あの日は……。  ふと、荒い息遣いを耳元に感じ、意識が過去から現実に舞い戻ってきた。 「……?」  肌を這う他人の手の感触が次第にはっきりとしていき、状況が飲み込めないまま目を開くと、顎の下に誰かの頭があった。 「……っ、!?」  驚き、身を捩ろうとするが、その誰かは清月の体に伸し掛かり、動きを封じ込めている。 「いい、匂いですね。甘くて、食べたくなるような……」 「ひっ……」  はだけられた鎖骨の辺りを柔く食むように噛まれ、ぞわりと肌が粟立った。 「や……めろ……っ」  白衣を着たその男を突き飛ばそうと渾身の力を込めるが、びくともしない。αなのに、どうしてと思った時、絶望的な事実に思い当たった。  そうだ、Ωになったんだ……。じゃあ、この男が襲ってくるのもそのせい……? 「生徒に手を出すつもりはなかったんですが、君のフェロモンは強過ぎていけませんね……。番は作らない主義ですが、特別に番にしてあげましょう」  欲望に塗れた目で、男は清月に顔を寄せてきて、首筋に唇をつけてこようとした。 「嫌だ!グレイスっ!!」  咄嗟に彼の名を叫んだ瞬間、清月と男がいる保健室と思われる部屋の出入口の戸が、勢いよく開け放たれた。 「!?」  驚いてそこに目を向けると、グレイスが険しい顔で立っていた。視線で射殺しそうなほどの迫力があり、言葉を詰まらせているうちに、グレイスはつかつかと清月と男がいる方へ歩み寄って来る。  そして、清月ではなく男の方を見て、低い声を出した。 「先生」 「な、何ですか」 「治療はもう終わったんですか?」 「治療……あ、ああ、治療ね。君、どうです?体の調子は。君は薬が効きやすかったらしく、副作用が強く出たみたいなので、副作用止めの点滴を打っておいたんですが」  いきなりまともな話を振られ、ワンテンポ遅れて理解し、頷いた。 「……はい。体の方は、もう平気です」  目覚めてからいろいろあったために今さら気が付いたが、あれだけ酷かった不調が嘘のようになくなっている。 「先生、ちゃんと保健医なんですね」 「君、案外はっきり言いますね」  保健医はぴくぴくと額に青筋を立てながら、右頬を釣り上げている。  だが、失言だとは思わない。今は落ち着いているようだが、今の今までその保健医に襲われかけたのだから。 「じゃあ、抑制剤の処方はもらえますか。俺の分と、幸野の分を……多めに」  グレイスがちらりと清月を見て言う。名字で呼ばれたことに、チクリと胸が傷んだ。 「君のはこれで十分ですが、幸野君の分は……」  保健医の視線もこちらへ向く。そして、言いづらそうに言い淀んだ。 「……?」 「まさか、処方してもらえないわけではないですよね?たった今しようとしていたこと、他の先生に言っても……」 「あー、それは無駄かもしれませんよ。何と言ってもうちの学園は特殊ですからね。Ωとαを番わせることを第一に考えていますから、教師も番がいない、いわゆるフリーな人員を揃えているんです。まあ、それは置いておくにしても……、幸野君のフェロモンを完全に抑えられる薬の処方は、正直、現段階では難しいです」 「え……」  難しい……?  絶句する清月の代わりのように、グレイスが何かを言おうとしていたが、保健医は手を上げてそれを制した。 「もちろん、わざととか、意地悪で言ってるわけではありません。さっきの私の状態を見たでしょう?今は何とか会話することで抑えていますが、正直、相当な精神力がないαやβでは、あっという間にああなってしまいます。間違いなく。それだけ、幸野君のフェロモンは強烈なんです」  強烈過ぎて、効く薬が現段階ではないんですと締めくくられ、頭の中が白くなった。 「え……じゃあ、俺って、襲われまくるしかないってことです、よね……」  一瞬、場に沈黙が流れたが、グレイスがその沈黙を破った。 「とりあえず、今ある物でいいので、一番強力な抑制剤を幸野に処方して下さい。あと、フェロモンを薬以外で抑える方法があったら教えてくれませんか」 「薬以外で……やっぱりあれしかないかなあ」  顎に手を当てた保健医は、その答えをゆっくりと口にした。  番を作るのが一番で、その次に効果があるのは、定期的にフェロモンの元になるホルモンの働きや性欲をコントロールすること。つまり、性交をすることですよ、と。 「せ、性交って……。俺、そんなの」  こんなことのためにしたくないだとか、そんなの無理だとか言おうとした。他にもっと方法はないのかとも。  だが、グレイスはあっさりと清月の言葉を遮ってしまう。 「……それ、相手がΩでも意味があるんでか」 「うーん、ないとは言えないでしょうけど、基本的にはαと番うための体ですから、α相手が一番効果がありそうですね。あくまでも憶測ですが……」 「……?」  それを聞いたグレイスの顔が覚悟を決めたようなものになった気がして、首を傾げていると、無言のまま腕を掴まれ、引っ張られた。 「いたっ……グレイス……っ」  ぐいぐいと引っ張られて小さな悲鳴を上げるが、グレイスは構わずにそのまま清月の腕を引き、廊下へ連れ出す。 「グレイス、待っ……どこに行くんだよ。入学式は……」  体育館の方向は分からないが、ずんずん歩いて行く先は全く違う方向な気がした。 「グレイス、おい、何か言えって!」 「……」  あくまでも清月と口を利かない姿勢を貫きながら、手はしっかり掴んで離さない。それに、保健室でのやり取りを思い返しても、グレイスは清月が嫌いになったとか、そういうわけではない気がした。  むしろ、その逆だと思うのは自意識過剰なんだろうか……? 「グレイス、お前って俺のこと……」  どう思ってるの、とか聞こうとしたのだが、グレイスはピタリと一つの部屋の前で足を止めた。ドアにはネームプレートがかかっていて、グレイス・ド・アッフォードと書いてある。 「ここって、お前の部屋……」  頷いてもくれないことに焦れてきて、子どもの喧嘩のようだが、そっちがその気ならと自分も無言になろうと決めた。  だが、部屋に引っ張り込まれて、ベッドの上に押し倒され、服を脱がしにかかられたら、何も言わないわけにはいかなくなる。 「ま……さか、さっきの先生の話を……っん、」  ぴん、と顕になった乳首を弾かれ、語尾が弾む。抵抗しようとするも、いつの間にか脱がされたシャツで手首を括られていて叶わない。 「……そうだ」  ようやく答えらしきものが返ってきたと、安堵する余裕もない。くりくりと乳首を両方とも捏ねられ、引っ張られたかと思うと、片方を口に含まれる。 「ん、ぁ……っ、待っ……せ、いこうって、どこまです……ひっ」  舌先で舐め、転がされたりされては、質問する言葉を発するのもままならなくなる。体が火照り始めるのと共に、股間が少しずつ反応して形を変えてくるのを感じ、焦ってグレイスの体を足で押し返そうとした。  しかし、それがかえっていけなかった。 「逃げんな」 「ッ……やっ、」  膝を掴まれ、大きく左右に開脚されてしまい、ズボンの中で反応し始めていたそこがグレイスの目の前に晒された。そのかたちを指先で辿り、確かめながら、グレイスが驚きと感動を込めたような声で呟く。 「勃起してるな」 「ッ……、言う……なっ……ぁっ!」  羞恥心で抵抗を止めてしまった隙に、グレイスの手がベルトをあっという間に外し、ファスナーを開けた。 「あッ、……ん、やめっ」  下着の上からきゅっと屹立を掴まれ、緩く上下に扱かれた途端、ぐちゅりと濡れた音がした。  うそ……、もう、こんなに。  先走りで濡れ始めていた自身の状態に目を見張っていると、グレイスが追い打ちをかけるように言った。 「濡れてるな」 「っ……ぅ」  反論を口にする隙も与えず、緩やかに手の動きを早められて、下着の中で粘液を垂らしながら硬く、大きくなっていく。 「っ、やッ……あ、あ」  いやいやと首を振り、下着に貼り付く感触が気持ち悪くて、でもそれ以上に堪えようがない快感が突き上げてきて、目尻に涙が浮かぶ。 「ふ、ぅ……っ、」  つう、と目尻から涙が伝うのを感じると、それを見たグレイスが手を止め、頬に唇を寄せてきた。 「っ……?」  何かと思えば、涙を唇で吸い取る動作をしていて、くすぐったさと驚きで涙が止まる。 「大丈夫だ。今回はこれだけしかしない」 「これだけ……?ぁっ……」  グレイスの手が下着の中に滑り込んで、直にペニスに触れてきたかと思うと、いっそう激しく手を動かし始めた。 「あっ……んンっ……」  先端の亀頭の部分を指先で押したり、裏筋の部分をピンポイントであやされ、玉袋を柔く揉み込まれたりするうちに、否応なしに快感が増していく。  濡れた音がどんどん大きくなり、もうすぐで達してしまうというところまで来た時だった。 「悪いな、清月。これはお前のためだから。でもな、俺は……」  後半を上手く聞き取れず、問い返す余裕もないまま、限界まで上り詰めていた。 「ぁあッッ………!!」  ぱたぱたと腹部を濡らす自分の白濁を感じながら、無意識にグレイスの頬に手を伸ばしかけるが、触れる前に身を引かれてしまう。  顔を背け、ベッドから降りてどこかへ向かうグレイスの背中が、どうしてか泣いているように見えた。
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