8 番いたいのはあなただけ

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8 番いたいのはあなただけ

 絶望がひたひたと押し寄せてくる中、清月は何度も何度もグレイスに言葉をかけるのをやめなかった。その甲斐あってか、二日目の夜にはグレイスは近付いても襲い掛かることはなくなり、大人しく傷の手当てをさせてくれるまでになった。  首に包帯を巻き終えて、傷のない箇所を軽く叩いてやると、甘えるように鼻を擦りつけてくる。 「こら、くすぐったいだろ」  笑いながらも、頭の片隅では消えない不安が渦巻き、心に影を落とす。このまま人間に戻らず、野生のユキヒョウそのものになってしまったら。 「グレイス……」  姿はすっかり変わっても、海の色をした瞳は変わらない。じっとその瞳を覗き込んでいると、不思議と不安が薄れていき、急激に睡魔に襲われた。  眠りに落ちる寸前、グレイスに名前を呼ばれた気がしたが、願望が幻聴となって聞こえただけだったのだろう。  それから数日は、穏やかだが、変わり映えのしない日々が続いた。グレイスはすっかり清月に懐き、それを見た警官が戻れる日も近いかもしれないと驚きながら言ったが、清月は焦りを感じ始めていた。人の姿に戻ったり、言葉を話してくれないからだ。ただの一度も。  どうにか元に戻す方法はないかと頭を悩ませていた矢先、恐れていた事態が起こってしまった。  牢で過ごし始めてから5日目の深夜、どうにも息苦しく、全身が火照っていて寝付けないでいると、顔をざらりと舐められる感触がした。 「グレ……イス?」  薄目を開けると、清月を抱き込むようにして眠っていたはずのグレイスが、荒々しく息をつきながら清月をじっと見ている。それですぐに発情期が来てしまったことに気が付いた。  通常、発情期は女性の生理周期と同じように一定の間隔で訪れるのだが、薬の作用で無理やり作り変えられたせいか周期は不安定になっているようだ。急いでポケットを探って抑制剤を取り出そうとしたが、急にこんなことになったせいで持ってくるのを忘れてしまったことに思い当たる。  自分の迂闊さに舌打ちしつつ、グレイスから離れようとするが、しっかりと抱き込まれていて叶わない。  視線を感じて鉄柵の方を見やると、警官は黙ったままじっとこちらを見ている。助けてほしいと頼むことはできない。彼らはこうなることを見越したからこそグレイスを牢に入れ、監視しているのだから。 「グレイス、グレイス」  未だ興奮した様子のグレイスに呼びかけると、両耳がぴくりと動いた。 「俺が欲しいか?」  答えるように喉を鳴らされ、こんな状況だというのに嬉しさが込み上げる。状況が違えば、清月も喜んで体を差し出しただろう。 「……俺も、お前がほし……うわっ」  その言葉を待っていたと言わんばかりに、グレイスはさっと体を動かして清月を押し倒してきた。  警官の厳しい視線を感じる。今のは合意の上だと説明したところで、信じてもらえるかどうか。一体どうやってグレイスを落ち着かせたらいいのか分からず、焦りを覚え始めたのだが、グレイスが伸し掛かったまま一向に動こうとしないことに気が付いた。 「グレイス?」  そっと呼びかけると、グレイスの前脚が震えた。月明かりに照らされた青い瞳は興奮してギラついていたが、じっと耐えるように身動き一つしない。そのまま数秒か、数分が流れた時、彼の口が動いて。 「……し……づき……」 「グレイス、お前」  喜びと驚きに目を見張った清月に、グレイスは少し掠れた声で続けた。 「あまり煽るようなことを言うな。この姿でお前を襲うとヤリ殺しそうで怖い」  ありえそうな怖い台詞を吐いて清月の上から降りたグレイスだが、先に我慢できなくなったのは清月の方だった。 「グレイス!!」  あらん限りの声で叫び、グレイスに飛びついた。     「清月、本当にいいのか?」  無事に人型に戻ったグレイスと共に学園へ帰還した翌日、清月の部屋のベッドの上で、珍しく不安そうな顔つきをしながらグレイスが聞いてきた。その下半身の屹立は未だ芯を持ったままの状態でしっかりと清月の中に含まれている。 「今さら、この状態で聞く?」  中途半端に止められて不満げに言いながら内壁を締めると、グレイスは低く呻いた。 「やめろ、締めるな。俺は真剣に聞いてるんだ。答えてくれ」 「俺はもう何度も言ったよ。……グレイスがユキヒョウの時にだけど」 「あの時のことはぼんやりとしか覚えてないんだ。だから改めてはっきり答えてほしい」  困り顔のグレイスを見ているのも存外楽しいが、これ以上引き伸ばすと自分も我慢の限界に達しそうだ。それに、早く証が欲しいのは自分もまた同じだからと、意地悪をするのをやめてグレイスの目を真っ直ぐに見た。 「俺はお前と番いたい。獣人だからとか、そんなの関係ない。お前だからいいんだ。俺はグレイスが好きだから。お前がもしまた正気を失くすことがあっても、俺が必ず呼び戻す。だから怖がらなくていいんだ」  はっきりと言い切ると、青い瞳が薄い膜を張り、綺麗な涙が一筋溢れ落ちた。流石に驚いて凝視してしまう清月に、グレイスはさっと素早く口付けながら囁くように言う。 「俺も好きだ。愛してる。ずっと、ずっと言いたかった」  そして、首筋に顔を埋めてゆっくりと歯を立ててくる。微かに走った痛みは、甘く、これ以上ない喜びをもたらした。  その直後、タイミングを見計らったように着信音が鳴り、確認すると大河からだった。どうやら大河はグレイスの正体を清月より先に知っていて、清月に教えようとしてくれていたらしく、牢での出来事も薄々察していたようだ。  幼馴染みの拗ねたような文面に二人して笑いながら、何度も体を重ね、穏やかな午後が過ぎていった。
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