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1 ざわめき
*** ** *
ざわめきが完全に落ち着くまで待って、カノジョはまぶたをひらく。
それからあたりを見渡して、目に入るものを確かめていく。
マイクスタンドが4本、ダークグレーのじゅうたんの上、ダウンライトの下で輝く。その並びの奥にワイドモニター。3台ともテストパターンを映している。
このさらに奥、薄青色の壁では、小型スピーカーはミュート中、『CUE』と書かれたランプは消灯中。
ほか3辺の壁ぎわは、防音壁と同系色のロングベンチ。そしてその〝コ〟の字の1個欠けた角には、紺色の重厚な扉。ただし、部屋唯一の出入り口は閉まっていた。
それに窓もたった1枚。しかもハメ殺しの二重ガラス。まして外へはつながっていない。
閉塞的な作業空間。
そんな、時節柄と土地柄の両方から切り離された密室で、6人の若い女の子たちが、バラバラになにかをしている。
マイク正面のベンチの真ん中で、ブレザーの襟に『Ⅰ』の徽章を輝かせ、赤い表紙の冊子と多色ペンと両手とをプリーツスカートのひざの上に置き、静かに腰かけているだけの、黒いショートボブのカノジョも、そのうちのひとり。
わかりきっていたことを踏まえて、カノジョが深く息を吸う。ルームフレグランスの芳香が鼻の奥を通りすぎていくと、なぜだかスーッと、のどの入り口あたりで涼しさを感じた。
口の中にまるい小さな塊。舌で転がして奥歯で砕く。そのとたん、カミツレとカリンの風味が口いっぱいにひろがって、鼻の穴からするりと抜け出ていく。
〈おまたせしました、おはようございます〉
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