1 ざわめき

2/14
前へ
/56ページ
次へ
 突然、スピーカーから男の人の声。  けれども、ブース内の全員は即座に窓のほうに向いた。座っていた者は起立もする。  そしてすかさず「おはようございます」が、6つ湧き起こる。  その挨拶の相手は、ガラスの向こうの部屋の中心にいる中年の男。 〈音響監督のシノダです〉  立派なチェアにかける彼は、手もとのボタンを押しながら、口もとのマイクに向かって話す。  トークバックは、スイッチが入っているときだけ、調整室内の音をブースに届ける。 〈みなさん、集合時間より前にお集まりいただきまして、ありがとうございます。3時になりましたので、予定どおりはじめていきたいと思います。  ただ今回、大所帯で変則的なスケジュールですから、4時からのメンツに早め早めにレクチャーしておきたいのもありまして、ガヤ録りは助手のフジサキくんに一任します。  あとは彼の指示に従ってください。よろしくおねがいします〉 「お願いします」  物腰やわらかで感じのいい声音に対し、6人はしっかりと返事した。当然、全員がガラスの奥に向けて頭を下げてもいる。  ただ、彼女たちがまた〝気をつけ〟の姿勢に戻るころには、調整室中央のまんまるポッコリは、ひょろ長のやせっぽちに替わっていた。 〈代わりましてフジサキです〉  声色も打って変わって、硬くて青い。 〈まずは全員着席して下さい〉
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加