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――いよいよ始まる。
カノジョの全身が反応した。
鳥肌に寒気。心拍は速く、呼吸は浅く。
カノジョは、座るより前に肺の中からすべて吐き出し、あらためて深く吸う。それから腰を下ろし、わきにあったペットボトルの封を切る。ボトルはカノジョ自前のフェイスタオルに巻かれていた。
乾いていく口の中はわずかなミネラルウォーターでごまかされ、口角はタオルのすみで拭かれる。
〈そしたら、端の席から隣の方とペアを作っていって下さい。では、先にBパートから。番号は194〉
無名の女性声優たちは、即席のペア同士でよろしく言いあう暇もなく、台本を手に取ってひらく。
助手の口から出た数字と、台本の最上段に書かれたカットナンバーとを照らしあわせ、当該の場面をおのおので見つけていく。
〈ここはいっぺんに全員でまとめて録らないで、一対一の会話を各ペア2本録ります〉
それから多色ペンをにぎると、助手からの指示を台本の余白にメモっていく。
〈一応モニターに映像は出しますが、口パクもボールドもないので台詞合わせは意識しなくて結構です。ただしシーンの雰囲気だけは考慮して、女の子同士で雑談してください。毎回声は変えて別人の体で〉
ただ、早口で小難しいうえに要領まで得ない業務連絡を聞かされる彼女たちの手は、すぐ追っつかなくなった。
〈会話の先後と内容はお任せします。キューランプが点き次第好きに始めて下さい。タイミングがズレててもダビングのときにこちらで手を入れます。ただし尺は長くとも4秒〉
カノジョのペン先にいたっては最初から止まっている。
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