1 ざわめき

5/14
前へ
/56ページ
次へ
 1組目は、しょっぱなに片方が「リボンが曲がってるよ」と発して、画面外に映るセーラー服の設定を無視していることをダメ出し――使い物にならないと宣告――された。  そのあとは「お腹空いたね」とか「緊張しましたね」とか、当たりさわりのないやり取りを2往復して終わった。  つづく2組目は、数回NGをくり返したあと、笑い声だけでいいと最終指令を受けた。  2人の乾いた笑い声は、たちどころに防音壁に吸いつくされ、なかったことになった。 〈では3組目。スタンバイして下さい〉 「ワタシからでいいですか?」  キンキン声が、マイク正面のベンチから立った。  その細身の長身は、幼い少女を思わせる声とは不釣り合いに、白のフレアスカートとサッシュベルト、デニムシャツをまとっている。  悠々と進み出る彼女にひかれ、肩より伸びたライトブラウンの髪がふわりと弾む。フローラル系のかすかな香りが、カノジョの鼻先にまで漂ってくる。  そうして、ブースの中で地声も背丈もおしゃれも頭ひとつ抜け出ていた彼女は、ビタミンカラーのネイルに彩られた右手に台本を構えると、出入り口側、最も背の高いスタンドとパンプス1足ぶん離れて向きあう。  高校生ではないのは見てのとおり。そのうえで声と歩みの調子からして、心のうちは自信で満ちている。 「はい。お願いします」  遅れて腰を上げたカノジョが相方の背中におじぎした。それから最後にもうひと口だけ水を含むと、ブース最奥、最も低いスタンドの1歩手前に移る。  ただ、カノジョの背はわずかに足りなかった。  だからカノジョは、軽くあごを上向きにする。  正しい位置からマイク先端を狙って当てれば、背が低くても高すぎても、声だけはちゃんと届く。  そうして制服姿のカノジョは、なんでもないただの右手に台本を構えると、マイクとその奥のモニターを正面に見据えた。 〈では、お願いします〉
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加