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1組目は、しょっぱなに片方が「リボンが曲がってるよ」と発して、画面外に映るセーラー服の設定を無視していることをダメ出し――使い物にならないと宣告――された。
そのあとは「お腹空いたね」とか「緊張しましたね」とか、当たりさわりのないやり取りを2往復して終わった。
つづく2組目は、数回NGをくり返したあと、笑い声だけでいいと最終指令を受けた。
2人の乾いた笑い声は、たちどころに防音壁に吸いつくされ、なかったことになった。
〈では3組目。スタンバイして下さい〉
「ワタシからでいいですか?」
キンキン声が、マイク正面のベンチから立った。
その細身の長身は、幼い少女を思わせる声とは不釣り合いに、白のフレアスカートとサッシュベルト、デニムシャツをまとっている。
悠々と進み出る彼女にひかれ、肩より伸びたライトブラウンの髪がふわりと弾む。フローラル系のかすかな香りが、カノジョの鼻先にまで漂ってくる。
そうして、ブースの中で地声も背丈もおしゃれも頭ひとつ抜け出ていた彼女は、ビタミンカラーのネイルに彩られた右手に台本を構えると、出入り口側、最も背の高いスタンドとパンプス1足ぶん離れて向きあう。
高校生ではないのは見てのとおり。そのうえで声と歩みの調子からして、心のうちは自信で満ちている。
「はい。お願いします」
遅れて腰を上げたカノジョが相方の背中におじぎした。それから最後にもうひと口だけ水を含むと、ブース最奥、最も低いスタンドの1歩手前に移る。
ただ、カノジョの背はわずかに足りなかった。
だからカノジョは、軽くあごを上向きにする。
正しい位置からマイク先端を狙って当てれば、背が低くても高すぎても、声だけはちゃんと届く。
そうして制服姿のカノジョは、なんでもないただの右手に台本を構えると、マイクとその奥のモニターを正面に見据えた。
〈では、お願いします〉
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