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『怪盗予告』
僕は今、一枚の紙の前で実に困っていた。
『あなたの大切な物を明日の20時盗みに伺います。 怪盗X』
僕は一介の会社員で。
平々凡々の一般市民。
住んでいるのもそこいらによくある3階建てのアパートで。
こんな怪盗予告をもらうような宝物なんて持っていない。
唯一と言っていい僕のお宝と言えば、亡くなった母が残した浅黄色の反物で。
着物に仕立てる間もなく亡くなってしまった母の唯一と言っていい形見の品だ。
僕には不要のものではあったけれど、売ってしまうには偲びなく、僕は母が亡くなった後もその反物を箪笥の底に眠らせたままにしていた。
不可解な事はもう一つあって。
この「予告状」何故か郵便受けに入っていたのだ。
ご丁寧に切手に消印まで押してあって。
どこかのポストに投函されて、普通に配達されたらしい。
それじゃこれは誰かの悪戯なのか、と思ったが。
宛名は僕の名前だったし、住所も間違っていない。
それってこっちの個人情報を知ってる人間の仕業って事で、物語の中に現れる「怪盗X」の方がどれだけ安心できただろう。
いや、「怪盗」ってだけで安心なんて出来っこないんだけど。
それでも、どこか義賊的な香り漂う「怪盗X]の名前に、ワクワクするような。ゾクゾクするような。
そんな言いようのない期待感と高揚感が生まれてしまうのは、僕がミステリー好きだったからだろうか。
では、謎とはなんだろう。
僕の考える謎は3つあって。
一、「予告状」を誰が出したのか。
二、「怪盗X」とは誰なのか。
三、ここに言う「あなたの大切な物」とは何なのか。
この3つだと思う。
一つ一つ考えていくと、幾つかのヒントが読み取れる。
まずは、この予告状を出したのは生身の人間だという事。
自分の手で手紙を書いて(この場合はPCででも入力して印刷しただろうけど)、切手を貼って、ポストに投函した。
そして、投函されたのは消印から東京23区の〇〇区からだって事。
まぁ、コレはその「怪盗X」が住んでいる場所ではなくて勤めている会社がある場所かも知れないし、移動途中にエイッと投げ入れた可能性も否定できないので、居場所特定には繋がらないけれど。
「大切な物」については、本当に思い当たる物が考え付かず、いったん保留とさせていただきたい。
そして、僕はここが最大の不可思議な所だと思うのだが、この「予告状」は明日の20時にこの部屋に”伺う”と言っているのだ。
怪盗がこんな家に盗みに入るのに「伺う」なんて言葉を使うだろうか。
「伺う」っていう言葉は「たずねる」の謙譲語で目上の人に対して使う言葉だから、もしかして僕の事を慮っている人がこの「予告状」を出したのだろうか。
結局ヒントはヒントであって、ただ推測の幅を広げるだけで、僕は「予告状」の前に完敗と両手を上げて佇むしかない。
「はぁ、一体何なんだよ。明日?明日って何の日?残業だったりするかなぁ・・・。」
明日の20時に帰宅していなければ、僕は「怪盗X」には会えない事になる。
それは至極、残念だ。
僕はまだ結んだままだったネクタイの結び目に指を入れてほどくと、疲れた気分で椅子に腰を下ろした。
その時、玄関のチャイムがなる。
ピンポン
軽快になったチャイムは訪ね人の訪問を知らせていた。
(こんな時間に誰だよ・・・)
そう思って壁に掛けた時計を見れば時刻は20時。
あれ?20時?
脳裏に「予告状」の20時の文字が躍ったけれど、僕はドアの覗き穴で訪問客を確認した。
「なんだ、君だったんだ。」
ドアの向こうには恋人の姿。
向こうも会社帰りのようでまだベージュのパンツスーツのままだ。
「ハッピーバースデイ。」
にっこりと後ろ手に隠されたものを手渡される。
豪華な花束だ。
「お誕生日おめでとう。そして・・・私と結婚してください。」
花束と一緒に差し出されたのはペアリング。
「えっ、いやっ、・・えっ?」
しどろもどろになるのも無理はないと思って欲しい。
確かに彼女とは結婚も考えていて、来月の彼女の誕生日には結婚を申し込もうと思っていたさ。
それでも、先にプロポーズされるなんて。
「で、返事はどうする?」
「あっ、あっ。・・・イエス、イエスだよ!」
「やった!」
嬉しそうに僕に飛びついてきた彼女を受け止める。
「ミッションコンプリート!あなたの大切な物はいただいたわ!」
「えー、君だったの。」
僕の驚きを見た彼女の嬉しそうなこと。
でも待って。
「予告状」には「明日の20時」ってちゃんと書いてあるのに。
「でもちょっと待ってよ、怪盗Xさん。期限は明日の20時じゃなかったの?」
「えー今日よ、今日の20時。だって今日があなたの誕生日じゃない。今日じゃないと意味がないでしょ。」
確かにそうだけど、じゃ、何で「予告状」には明日なんて・・・。
「あっ、ねぇ君。この手紙いつ投函したの?」
「私はちゃんと昨日届くように一昨日投函したわよ。都内からなら翌日には届くじゃない。」
「・・・おととい?昨日じゃなくて?」
「そう一昨日。」
「ふむ・・・。」
「って、もしかして昨日郵便受け覗かなかったんじゃないの?」
「そ、そうかもっ。」
「でも、今日は自分の誕生日なんだし、今日の事だって分かってもいいのにね。」
「忘れてたんだし、しょうがないだろ。大体、怪盗予告なら、明日とか曖昧に書かずに〇月〇日ってちゃんと日付を書いてほしかったよ。」
「えーそこ怒っちゃう?」
「それに、何、これ。この『あなたの大切な物』って。僕、全然思い当たる物なくて。」
「ん、それは難しかったでしょうね。だって、あなたの大切なものは、あなたの「独身としての自由」って事だから。」
ふふっ
って笑われても、それは思いつかないものだ。
まぁ、彼女の嬉しそうな顔を見て、「怪盗X」にまんまと「僕の大切な独身の自由」を奪われた事にしてあげようと思った。
「怪盗予告」にはならなかったけれど、とても素敵な誕生日プレゼントを受け取った僕は腕の中の愛しい怪盗にキスをした。
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