蕎麦屋に行こう。

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 さて、この青年と少女が住まう惑星では、陸地を取り囲むように包みこんでいる〝雲〟を、一般的には〝海〟と呼称していた。  より正確には、地上を優雅に見下ろす〝雲〟は一応存在しているのだが、それよりも水蒸気の圧力が底に近付けば近付くごと濃く高くなり、尚且(なおかつ)、その質量と浮力を伴った物体を海面の高さで浮かせてくれる海摩訶不思議な気体成分を含むミルク色の〝雲の海〟が存在している。  その有り様は、他の星域か違う銀河系の人が住んでそうな惑星の水の海と同じように惑星表面を陸地以外の全体を覆っていて底知れぬ程にブ厚く、まさに“海”の(さま)を成して漂う水蒸気は水の海同様に塩辛く、ヒレを翼のように大きく進化させたたくさんの魚が浮き沈みしながら泳ぎ回遊し、同じように“海”の上に浮遊する陸地の波打ち際や雲海の下に潜り込んでいて潜海具で棚状の場所では、海中を浮遊する貝に似た生き物やナマコの(たぐい)、塩気には強いが雲海の外だと自立出来ない海洋植物が自生する可笑(おか)しな世界が広がっていた。  この変わった雲の〝海〟が人々や動植物が住まう大陸や島々をグルリ取り巻き、一定のリズムで惑星表面を様々な動きをしながら海流のように巡ることによって、季節の移り変わりや降雨降雪、さらには惑星表面の温度調節にも貢献している。  つまり雲はこの惑星にはなくてはならない、まさに〝海〟のような存在であるのだ。  さてさて、古来の人々はこの“海”、以後、わかりやすく“雲海”と呼称するが、この雲海を貿易や漁業、戦争などで往来する数多(あまた)の艦船の横腹や船底にもし大穴でも開けば、猛烈な勢いで浸水ならぬ“浸雲”がはじまり、たちまちのうちに雲の水分は還元され船内は水浸しになって転覆させて、問答無用で雲間に引きずり込んでしまう恐ろしい謎の〝大雲〟を〝海〟と呼びならわし、自分達が生活を営む惑星が丸いことを理解してもなお、海と人々に呼ばれ慣れ親しまれ今日(こんにち)に至っている。  そしてそれは“雲海”以外にも、惑星表面を一定の速度で巡回しているこの惑星に七つある大陸や、無数に存在する島々が回遊していた。  そう、この惑星のすべての陸地は自由気ままに雲の上にプカプカ浮かんでおり、これを取り巻く雲ともどもゆっくりゆったりと移動しながら不規則に漂いつつ惑星を巡る〝浮遊する大陸〟〝浮遊する島〟なのである。  その所為(せい)なのかどうなのか、〝地上〟と呼ぶ陸地に住む人々は、自分たちが〝海〟と呼称する雲の下にどのような世界が広がっているのか、また自分たちが生活するこの陸地の底がどんな形をしているのか、この惑星がどういった構造をした星なのかを全くと云っていいほど知らずに生きており、なぜ、大陸や島々が惑星表面を不規則に周回しているのかもよくわからぬまま、どころか“雲海”がなぜ存在するのか知らないままに、人々は時が来れば産まれ落ち、やがては寿命が来れば死んでいくのが常であった。  この物語は、この不思議な構造を持った惑星の一隅、いまは七つあるうちのひとつである【エウロペ大陸】にほど近い雲海を回遊する、円形の六つの大きな島と数多の諸島からなる島皇国。  【芙蓉皇国】を遠くにのぞむ海上から本編が始まる。
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