蕎麦屋に行こう。

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 午後四時。  惣太郎とロリは軍港の外にいた。  そう、案外簡単にロリの密入国が出来てしまったのである。 「我が国の警備システムに若干の不安を感じましたよ」 「It doesn't end with a little anxiety(若干の不安どころじゃない)」 「ちなみにお国ではこんな場合、どんな対応をしています?」 「Presentation of identification card at the time of entry / exit, distribution of numbered tickets assigned to each individual and collection at the time of exit. Baggage inspection is basic(入退場時の身分証明書の提示、各個人に割り当てられた整理券の配布と退場時の回収。手荷物検査は基本)」 「理に(かな)ってますね」  トボトボ歩きながら古巣である芙蓉皇国海軍の“甘さ”に呆れる惣太郎の出で立ちは、普段どおりの田舎から出てきた貧乏書生といった風情のしがない一般人の格好をしていた。  翻って外国人であるロリの方は、異国人(オーべラル人)であることを隠すため、金髪でサラサラの肩甲骨まで届く髪をハンティング帽の中に畳み込み、それを全部包み隠すように頭からスカーフをかぶり、首周りをマフラー代わりの手拭いで巻き、まるで防寒対策を決め込んだ下町の子供のように惣太郎は彼女を変装させていた。  たったこれだけの造作で、軍港の衛門(えいもん)を特にこれといった検閲や検査といった手続きも経ず、一般観覧者の皆様と一緒くたになって通り抜けてしまい、軍民一緒くたの軍需工場が建ち並ぶ巨大な工廠区域を歩きながらくっちゃぶっていたのである。 「それはそうとロリさん。ここから軽便(軽便鉄道)で軽く行けるあたしの馴染みの蕎麦屋がありますが行きませんか?もちろん、絵葉書を現金化したあとですけど、どうです?」 「scarf up(喰う)」 「品数も色々ありますから、どれも美味しいですよ」 「mouthwatering(よだれ出そう)」  くぅ〜〜…。 「お口とお(なか)は正直ですねぇ♪」  口元をぬぐっていたロリのお腹が鳴り、無表情に惣太郎の顔を下から見つめる姿に微笑ましさを感じ彼女に表情柔らかく微笑みかけた。  こうして一仕事をサクッと終えた二人は、オーべラル派遣艦隊司令部が指定した兵部省管轄でボイラー工場に隣接した軍事郵便局で、ロリは絵葉書と芙蓉の現金を交換し、旅券や長期滞在証も取り戻した。惣太郎は脱出に成功した経緯と対策を書きなぐりで記した便箋を詰めた封筒を局員に手渡し、そそくさと郵便局をあとにした。  やるべき事をすべて終えた二人は、惣太郎の導きのもと軍港と軍港の内外で働く労働者たちの通勤や、各工場で制作された各種艦艇用鋼材に各資機材の運搬に使われている単線の軽便貨客列車に乗るため、荷馬車の轍が水溜りとなっている土の道の真ん中に石を敷き詰めただけの簡易な露天駅へと向かって意気揚々、六時間以上ぶりの食事を求めて、即ち御腹を空かせて並んで歩んでいった。    
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