蕎麦屋に行こう。

5/5
25人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ
「Mu〜…(むぅ〜…)」  ロリは惣太郎が日々の生活を営んでいる下町、“ドブ板通り”と呼称される貧民街の一角にある蕎麦屋の暖簾(のれん)を前にして、小さく唸り声をあげている。  時刻は午後五時前。店は午後四時から夕方の営業を始めており、来訪客は少ないもののちゃんと開いているのだが、何故かロリとお供の惣太郎と店先に佇み、店内に入ろうとはしないでいる。 「あの、ロリさん。どうかされましたか?」  たまらず惣太郎は、一切この場から動こうとしないロリに声をかけた。 「Sotaro. Ancient letters are drawn on the cloth. Is this a famous store in history?(惣太郎。布に古代文字が表示されてる。ここは歴史上有名なお店なの?)」  最近まで惣太郎と同じくオーべラルの貧民街で居住していたロリは、こういう人間本来の風味あふれる町並みには即馴染んだみたいであったが、矢張り、ここはそれでも異国は異国、“生蕎麦”と旧仮名字体で暖簾に染め抜かれた文字列を見たロリは、すっかりこれを古代芙蓉の表形文字か神代文字の(たぐい)だと誤解したらしい。 「I have researched and kept in mind this country in advance.However, even in a country with a long history, I do not know such an old letter.When is this a feature of the times?(この国のことは事前に調査して頭に入れてある。でも、そんな長い歴史を持つ国でも、こんな古い文字は知らない。これはいつの時代の特徴なの?)」  普段言葉少ないロリさんにしては珍しく、長く饒舌に話してきた。  いつもなら影が差した眼がまんまると開かれた様は、ああ…この子、軍事以外のことで夢中になってるな。と、気付かされる。  そりゃあ芙蓉の国としての歴史は相当古い部類に入りますが、困ったことにそれ、古代文字ではなく今は一般的にはなかなか使われない文字ですが、死滅した文字という訳ではありませんよ。  そうロリに伝えると、 「Is there anything else? tell me?(他にもあるの?教えて?)」  と、まんまる眼のロリが問うてきた。 「Certainly(もちろん)」  惣太郎はニコニコしながら愛でながら、そう彼女に応えた。 「では、仮名についてはあとで解りやすいチャート表を作るとして、先ずはお待ちかねの蕎麦を食べるといたしましょう」 「Yup(うん)」  こうしてやっと二人は藍染白抜きの暖簾をくぐり、下町一旨い!と評判の、今の時期なら“採れたて。挽きたて。打ち立て。茹でたて。”の素晴らしい四たて蕎麦が食べれる【生蕎麦(きそば) 餐叉(さんさ)】に、ふたり一斉にちいさくお腹を鳴らせながら入店していったのである。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!