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ちょっと待てと思った。
今、僕の目の前には浴衣を着た美少女がいる。
少し青みがかった髪の毛を結い上げ、黒い大きな瞳で僕を見つめている。
そんな浴衣姿の超絶美少女が言うのだ。
「ごめんね、西嶋くん。待った?」と。
誰だ、お前は。
僕はこんな美少女なんて知らない。
知っていたとしても「西嶋くん」なんて声をかけられるようなイケてるやつでもない。
僕が待っていたのは、もっと地味で控えめな感じの女の子だ。
三つ編みに丸メガネをかけた、絵に描いたような文学少女だ。
決してこんな美少女ではない。
誰だ誰だと記憶を巡らせていると、目の前の究極美少女が「おーい」と手を振ってきた。
思わず我にかえる。
「う、うん?」
「どうしたの? 大丈夫?」
……大丈夫ではない。
大丈夫ではないが、もしかしたらと思って聞いてみた。
「ええと、相楽……さん?」
その言葉に目の前の彼女は「あはは」と笑った。
「ひっどーい。隣の席の相手も忘れちゃったの?」
そう言って口を尖らせる。
いやいやいや、待て。待ってくれ。
マジでか?
マジで相楽美和なのか?
たしかにこうして正面でじっくり見るのは初めてだけど。
いつも休み時間は本を読んでいるから話しかけたこともないけど。
相楽美和。
僕と同じ高校二年生。
席が隣同士だというただそれだけの理由で、なぜか突然今日の花火大会に誘われたのだ。
なんでも、今日しか買えないカップル限定のお守りがあるんだとか。
他のやつ誘えよと思ったが、真剣な目で訴える彼女に気圧されて僕は渋々了承した。
しかし、目の前の彼女を見て後悔した。
これはマズい。マズすぎる。
まさか目の前に現れたのが、こんな超絶美少女だったなんて。
いや、人によっては羨ましいと思うかもしれない。
嬉しいサプライズじゃないかと思われるかもしれない。
しかし考えてみて欲しい。
クラスの中では圧倒的にイケてない部類に入る僕が、こんなキラキラ輝く浴衣姿の美少女と一緒に歩くなんて地獄以外の何物でもない。
ヨレヨレの体育着を着た中学生が、真っ赤なドレスに身を包んだハリウッド女優とレッドカーペットを歩くようなものだ。
不釣り合い感がハンパない。
僕は今さらながら、彼女の誘いにOKしたことを後悔した。
「おーい」
彼女の一言に、また僕は我にかえった。
ヤバい、若干思考がトリップしていた。
「どうしたの? もしかして私、変?」
恥ずかしそうにうつむく彼女に、僕は全力で首を横に振った。
「全然! 全然!」
変どころか、天使のようだ。
これを「変」だなんて言うやつがいたら見てみたい。
「よかった。実はこの格好、初めてなの。似合ってる?」
今度は全力で首を縦にふる。
相楽さんは顏を真っ赤に染めながら「嬉しい」と微笑んだ。
ぎゃあああ、なんだその顔は!
殺人級じゃないか。
「私服姿の西嶋くんも……新鮮でいいね」
明らかにお世辞だとわかるこの言葉。
く、くそう!
せめて浴衣でくるべきだった。
Tシャツ、ハーフパンツ、サンダルという、ちょっとそこまでスタイルをチョイスした自分を恨む。
「じゃ、いこっか」
相楽さんはそう言うとカランコロンと下駄の音を鳴らしながら歩きはじめた。
浴衣姿もさることながら、歩く姿までおしとやかで可愛らしい。
本当に隣の席で本ばかり読んでいるあの相楽さんとは思えない。
思わずその後ろ姿に見惚れていると、
「何してるの? はやく行こうよ」
と振り向いて僕を呼んだ。
まさに見返り美人。
思わずその姿をスマホで隠し撮りしたい衝動を抑えつつ、僕は「うん」とうなずきながら慌てて彼女の後を追った。
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