ステラ・マリスはポケットにいれて

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◇  しゅんしゅんと音を立てながら、星間汽車は少しずつ大地を離れていく。ひやりとした窓に頬を寄せて見下ろすと、さっきまで立っていた道端のささやかな街灯はちりりと明かりを瞬かせて消えた。本日の星間汽車は出発しました。また来年お待ちしております。その合図だ。  ふっと短く息を吐いてあたしは扉から離れた。客車へと移動する。ポケットに再び入れた月長石はほんのりとぬくもりを帯びていた。  手近な四人がけの席へと座る。はす向かいのおじいちゃんがにこっと微笑んでくれた。 「おひとりかな?」 「はい。おじいさんも?」 「アルファルドまでね」  そう言って差し出してきたのはキラキラ輝く青金石だ。青く冷たい石は、たくさんの金色の破片を抱いている。アルファルド行きの切符なんだろう。すごくきれいだ。  ――でも、アルファルドかぁ。 「寂しくないですか?」  思わず問いかけると、おじいちゃんはハハっと白い歯を見せて笑った。 「ま、辺鄙なところだわな」  アルファルド――うみへび座α星。あのへんって、周りに明るい星が殆ど無いって聞く。それはすこし、夜の中に取り残されそうであたしは怖いって思ってしまう。  でもおじいちゃんは全然、そんな事思っていなかったみたいだ。ぱちり、とおちゃめに片目をつぶって、 「デートなんだよ」  って言った。 「デート! 奥さんですか?」 「そそ。待ち合わせしていてね」  ちょっとだけ照れくさそうに、おじいさんが視線を窓の外へとやった。いつの間にかずいぶん高くまで汽車は昇っていて、眼下には青い地球が鮮やかに見えていた。 「君はどこまで?」 「ステラ・マリスへ」  そっと月長石をさしだすと、おじいちゃんは目を真ん丸くした。 「それはまぁた、ずいぶん長旅だ。終点までかぁ」 「二年はかかっちゃいますかねぇ」 「だろうなぁ。どうしてまた?」  問われて、あたしはさっきのおじいちゃんの気持ちがよく判った。頬が熱くなるのが判る。 「約束したんです」 ◇  彼の元へステラ・マリス行きの切符が届けられたのは、去年のことだった。  星間汽車の切符は夢路を渡る。願いから願いへ、思いから思いへ、夢路を渡った切符はもっとも強く希望を抱いた人の手の中へと収まる。だから、欲しくても手に入れることが出来るのは稀だ。ましてや、星間汽車の終着駅、ステラ・マリス――北極星なんてどれだけの人が願って、願ったまま星になったか判らないくらいのシロモノだ。  彼が何を望んだのか。ステラ・マリス行きの切符を手にするくらいの強さで、何を望んだのか。結局あたしは教えて貰えなかった。  うれしそうに、でも、どこか悲しそうに、彼は汽車が出発するぎりぎりまであたしと月長石を交互に見ていた。泣き出しそうにさえ見えて、なんだかそれが切なくなった。  彼が何を望んだのかは知らない。でも、半ば都市伝説とまで化しているステラ・マリス行きの切符だ。よっぽど、強い思いがあったのは間違いなくて、あたしは彼のその思いを、ステラ・マリス行きの切符を無駄にして欲しくはなかったんだ。さっきみたいにポオと高い音で汽車が星の粒を吐き出す間際に、あたしは彼を汽車へと押し込んだ。驚きを表情いっぱいに浮かべる彼に、あたしは無理やり作った笑顔で叫んだんだ。 「――来年、あたしもすぐに行くよ!」  そして今。  あたしは、青い炎の灯る月長石をポケットに入れて星間汽車に揺られている。 ◇  最初に出会ったおじいちゃんは、アルファルドで降りていった。  ケフェウスのガーネット・スターから乗ってきた親子は、カペラで降りていった。  ミラから乗ってきた女性は、レグルスで。  誰かが乗っては降りていく。その繰り返しは、時の流れを緩やかにする。いつしかあたしは最後の乗車客になっていた。  もうずいぶん長い時が経ったんだと、その時ようやく気づいたんだ。
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