星乃浜コインランドリー

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 流れていった光が星だと気づいたのは、夜に目が慣れたころだった。満天の星空は、360度、見渡す限り星、星、星。足元でも、あふれんばかりで(またた)いている。  まるで、夜空のカプセルに閉じ込められたよう。  平衡感覚を狂わせてしまう異空間に、足がすくみ、僕は途方に暮れた。  ついさっき納車されたばかりのバイクに跨り、月に照らされた国道を最高の気持ちで滑走していた、よな? 「ここどこ?」  兄貴の遺品から、バイク用のエアーパーカーをもらい受け、それを身につけていた。  しかし、いつの間にか服装も変わっている。  着た覚えのない白シャツにはべっとりとした水色の汚れがついていて、ガソリンのような匂いがしている。月明かりはピンポイントでそれを照らす。  ポケットに違和感があり、手を入れると金貨と銀貨が出てきた。デザインはよく知ったものとは違い、大鎌を構えた骸骨(ガイコツ)が刻まれている。 「死神?」  なんだか嫌な感じがして、それ以上見ることが出来ず、ポケットへ押し戻した。  もう一度、探るように周囲を見渡すと、点滅しているような看板が見えた。恐る恐るその方向に足を進める。一歩一歩が沈み、砂が鳴いた。どうやら砂浜らしい。 「W A S H &D R Y星乃浜……、コインランドリー?」  近くに寄ると看板は矢印になっていた。  先の方向には、コンビニぐらいの大きさの店。店の看板には大きく同じ名前が書かれている。  そのまま近づくと波の音がした。  奥を覗き込むと漆黒の海。ブラックホールのような、底知れない異質さをはらんだそれは、ざざん、ざざんと小波(さざなみ)を鳴らす。果てのないどこかへ誘っているようで、急に背筋が冷たくなった。少しでも波に足を取られると、二度と戻れないような恐怖を抱かせる気味の悪さだ。  逃げるように店に駆け込むと、眩しい光が目の奥でつんとした。  業務用のドラム式洗濯機が十台ほど整然と並んだ店内には、両替機や自動販売機、車輪のついた金属の洗濯カゴ、揃いの丸椅子があった。  天井のシーリングファンは回転し、しゃぼんの匂いが満ちている。  端のカウンターには人が居た。黒いシャツには「仕事中」とふざけたような印字。さっぱりとした短髪の青年だ。頬杖をつき、退屈そうに店番をしている。  僕とそっくりな顔をした彼に、一瞬、息が止まりそうになった。唯一の違いは髪の色のみ。  彼は僕のそんな様子に構わず、慣れたようにすうっと背筋を伸ばした。 「お待ちしておりました」 「……なんで?」 「……(わたくし)のことでしょうか?」 「(わたくし)!?」  俺様、何様、お兄様。  口を開けば、1分だけ先に生まれたということだけで威張っていた兄貴。  ここは一体どこだ。  そしてこの人は、兄貴なのか? 「……星乃浜コインランドリーへ、ようこそ。ここは一夜で下界の“ヨゴレ”を落とす、(かく)()です」
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