星乃浜コインランドリー

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*  呆気にとられていると、開いた口が塞がらないのは無理もありません、とおよそ兄貴とは思えない丁寧な口調で、彼はそう言った。 「兄貴じゃないな? 兄貴は死んだ、は、ず……」  そこまで言って、口を両手で覆った。  僕は確かに彼の葬式に出た。  棺桶(かんおけ)に彼用のバイクグローブを入れ、僕とは色違いのバイク用のエアーパーカーを身にまとい、永遠の眠りについていた。蓋をして、火葬場の焼却のボタンを押したのは僕だ。残酷なブザーの音は今でも鼓膜に張り付いている。  間違いない。  死んだはずの兄貴に出くわしてしまったということは悪い夢でも見ているのか、いや違う、確かに目の前の人物はと言った。それが事実なら、僕がーーー……。  最悪な思考を振り切るように頭を振ると、大丈夫ですか? と心配そうに兄貴が僕を見た。  視線を返し、笑顔を浮かべる彼は兄貴のようで、兄貴ではない。 「あなた、誰ですか?」 「……申し遅れました、私はここの店主をしているイナミと言います」 「イナミさん……、どうして兄貴の姿を……」  ごほんと咳払いをして、 「理由は、その服です」  と、イナミさんは僕の服を指差した。 「あ、この汚れ」 「はい、その“ヨゴレ”をキレイにするのが私の仕事です。姿だと、話すら聞いてもらえない可能性がありまして……、苦肉の策として、お客様に親近感を持ってもらう為に、直近で亡くなった方の姿をしています。でも、本人ではありません。期待を抱かせてしまい、すみません」 「いや……、それは……」  兄貴であれば良かったのに、と思った。  しかし、そんな上手い話がそう簡単にあるはずもない。死んだ人間に会えるなんて、ありえない。そもそも死後の世界などというものが存在するのか、この状況自体、怪しい。  僕は幽霊を信じていないが、兄貴にもう一度会えるなら会いたいとは思っている。彼とはまだまだ話したいことがあった。  ガッカリしながらため息を吐くと、イナミさんは小さく笑った。 「お兄さんに会いたかったですか?」 「はい。えー、乱暴な口調で、お前のものは俺のもので、兄の風上にもおけないやつですけど……、会えるなら会いたかったですね」  兄貴も欲しがっていた400ccのオフロードバイク。  ツーリングできたら最高だよな、と言ったのは兄貴だ。生まれつき体が弱くて、入退院を繰り返し、免許を取ることすら叶わなかった彼には夢のまた夢だっただろうけれど。  同じ誕生日の僕たちは、性格は違うけれども、見た目はそっくりで家族以外は完璧に見分けることが出来なかった。  遺品のバイク用のエアーパーカーは、兄貴がいつか元気になったときのために何着も購入していた。それを僕は引き継いだ。 「……ここから帰りたいですか?」  イナミさんは僕をもう一度見た。  僕には、兄貴が果たせなかった夢を叶えるという、生きる目的がある。 「はい、帰りたいです」
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