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ボケたらツッコんでよ
「ごめんなさい、ナツさん。私のせいで…… あなただって、明日演奏があるのに」
アタシたちが参加する吹奏楽コンクール『高校の部A部門』には、55人のメンバーが出場する。
この55人をアタシたちは『Aメンバー』と呼んでいる。
アタシが担当している楽器オーボエは、ウチの部ではアタシしか演奏者がいない。
だから自動的にアタシはAメンバーに入ることになったんだ。
でも武者小路さんが担当しているトランペットは、部内にも沢山の演奏者がいる。
そんな中、武者小路さんは部内オーディションで先輩たちと競い合い、見事にAメンバー入りを果たしたのだ。
先輩を差し置いてAメンバーに入った武者小路さん。
きっと部内での風当たりは厳しいんだろう。
そう思うと、なんとなくこのお嬢サマを放っておけないのだ。
さて、改めてこのお嬢サマをよく見たところ——
パジャマまでゴージャスだな。なんかキラキラ光ってるし。
アタシが着ているシマシマの囚人服みたいなパジャマとは大違いだ。
まあどうせ、アタシにはそんなキラキラは似合わないだろうけど。
「アタシのことは気にしなくていいよ。あんまり早く寝ると、夜中に目が覚めちゃいそうだから。そうだ! あったかい牛乳を飲むと、よく眠れるって聞いたことがあるよ。自販機コーナーに行ってみようよ」
「でも私…… お財布を持って来てないんです」
「アタシも持ってないよ。でも大丈夫。きっと誰かいるだろうから、お金貸してもらえばいいよ。先輩だったら奢ってくれるかも知れないしね」
「……あなたって、本当に逞しいのね。ひょっとして、計画的にお財布を持ってこなかったのでは?」
まったく、失礼な人だな。でもまあ、あながち間違いではないけど……
自販機コーナーにやって来たアタシたち。
周囲の照明は消えており、自販機の明かりだけが辺りを照らしている。
「ミルクはないみたいですね。それにしても…… どうして、自動販売機の『あったかい』コーナーに占めるコーヒーの割合って、こんなにも多いのかしら……」
武者小路さんが、なにやら一人でブツブツ言っている。
「それってたぶん、政府が国民を寝かさないための陰謀だと思うよ」
ちょっとボケてみた。
「紅茶に緑茶に…… どれもカフェインが入ってるわね」
「そりゃあ、コカインが入ってたら捕まっちゃうもんね」
もう一度ボケてみた。
「そんなの飲んだら、ますます眠れないし……」
「……ねえ、武者小路さん。そろそろツッコんで欲しいんだけど。さっき武者小路さんがボケた時、アタシちゃんとツッコんだでしょ?」
そう、武者小路さんは一方的にボケるだけで、まったくツッコんでくれない人なのだ。
たぶん、当人はボケてる自覚がないんだろうけど……
そんなバカなことを言っていると、不意にアタシは背後から人の気配を感じた。
周囲が暗いせいで、気づくのが遅れたようだ。
「なんだかおバカな会話が聞こえると思ったら…… やっぱり夏子だったのね」
「あっ、部長」
「鷹峯部長、いらしてたのですか? 気がつかず申し訳ありませんでした」
現れたのは鷹峯愛美部長。我が部トップのお出ましだ。
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