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清風先輩と剛堂先輩
ココアを飲みながら、鷹峯部長が何気ない様子でつぶやいた。
「なんかね、ひょっとしたら明日で終わりかもしれないって思うとね…… 冷静ではいられなくなっちゃって」
もし仮に、明日の四国支部大会で全国大会行きの切符を逃すと……
3年生たちは明日で吹奏楽部を引退することになる。
「ちょっと、なに言ってんですか部長! アタシは明日で終わりだなんて思ってませんからね! 絶対部長たちと一緒に全国に行くんですから!」
興奮気味にアタシは叫んだ。
「ちょ、ちょっと、ナツさん! 先輩に失礼でしょ!」
「ふふ、いいのよ。慣れてるから」
「あの… ご心中、心から——」
「もういいよ!」
ちょっと早めにアタシはツッコんだ。
「ふふ、やっぱり夏子はそうでないとね。ねえ、武者小路さん、あなたはどう? 私たち全国に行けると思う?」
「この件に関しましては誠に不本意ながら、私もナツさんと寸分違わず同じ気待ちです。私も明日で終わりだなんて、まったく思っていません」
「もし、自分が失敗しても?」
「はい。たとえ私が演奏をしくじったとしても、それぐらいで我が校吹奏楽部の全体評価が下がるとは思えません。それほど、先輩方の演奏技術、表現力は素晴らしいと思っています」
「……そうね。じゃあ私は、全国大会の会場付近の宿舎でも調べておくことにするわ。ありがとう、武者小路さん」
そう言うと、部長はココアの飲み口に、そっと口を添えた。
しばらくして——
アタシたちが話をしているソファー目掛けて、のっしのっしと人影が近づいて来た。
辺りは暗いけど、この人が誰かということはわかる。
我が部一の高身長の持ち主、コントラバス担当、3年生の剛堂誉先輩だ。
実家は空手の道場で、先輩自身も空手の有段者である。
豪快な性格の持ち主だがちょっと天然。
でも姉御肌の先輩として、後輩から人気のある人なのだ。
「なんだ、バカな会話が聞こえたと思ったら。お前たちだったのか」
「あっ、先輩、こんばんは!」
「剛堂先輩も、まだ起きていらしたのですか?」
「ああ。なんだか眠れなくてな。楽しかった吹奏楽部生活も、ひょっとすると明日で最後になるかも知れない…… なんて思ってな。私らしくないだろ? がっかりさせてしまったかな?」
「まったく…… 誉は繊細なんだから。ボクには理解できないね」
突然、剛堂先輩の背後から声が聞こえた。
「うわっ! ビックリした!」
大柄な剛堂先輩の後ろに隠れて見えなかったのだが、その背後には、同じく3年生でトランペット担当の清風涼先輩がいたようだ。
清風先輩は女性だけど、自分のことを『ボク』と言う。
でも先輩は、『あなた、どこかの歌劇団の男役ですか?』と言いたくなるほど美人でカッコいい人なので、むしろそっちの方が自然に聞こえるぐらいだ。
「こ、これは清風先輩! こ、こんばんは!」
武者小路さんが慌てて挨拶した。
武者小路さんは同じトランペット奏者である清風先輩に憧れてウチの高校への入学を決めたそうだ。
実際、清風先輩の演奏技術は、『あなた、プロですか?』と言いたくなるほどスゴイのだ。
まあ、武者小路さんが憧れるのもよくわかるよ。
ただ…… この先輩も、ちょっと天然なところがあるのだ……
清風先輩は『芸術家肌の天然』なのだ。
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