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白鷺クロエ副部長
アタシのおバカ話で盛り上がっていたところ、アタシたちが座っているソファーに近づいて来る人影が見えた。しかし周囲が薄暗いので、誰だかよくわからない。
「あなたたち、今何時だと思ってるの!!! 明日は大事な演奏があるのよ!!!」
声の主は、白鷺クロエ副部長だった。
副部長のお祖父さんは、ヨーロッパの人なんだとか。
更にこちらへ歩みを進める副部長。
「ちょっと…… 涼に誉。それになんで部長の愛美までいるのよ!」
普段温和な副部長が怒っている。ちょっと怖い。
「すまない、そんなに怒らないでくれよ。ちょっと感傷に浸ってたんだ」
剛堂先輩が言い訳の言葉を口にする。
「感傷って…… みんなで大笑いしてたじゃない」
副部長は、まだお怒りのご様子だ。
「いやぁ…… 夏子がいると、どうしてもこうなっちゃって……」
苦笑いする鷹峯部長。
「まあ、それは理解できるけど——」
理解しないでいただきたい…… まあ、いいや。それで?
「——感傷に浸るのは、まだ早いでしょ?」
「ふふ、その通りだね。明日、ボクが奏でるトランペットの音色が会場に舞うとき、そのとき初めて聴衆は感傷に浸ることになるんだから」
自分の演奏技術を殊更強調する清風先輩。
その瞳は、真っ直ぐ白鷺副部長をとらえている。
その眼差しを受けて、副部長も眼光鋭く清風先輩を見つめ返す。
二人の様子を見た武者小路さんが——
「こんな挑発的な態度をとられる清風先輩を見るのは初めて…… 普段の先輩はとても謙虚な方なのに。それに、こんな攻撃的な眼差しをされる白鷺副部長も見たことない……」
震えるような声でつぶやいた。
ああ、そうなんだ。
この二人は仲間であると同時に好敵手なんだ。
我が校吹奏楽部のエースは清風先輩。先輩の演奏技術は高校生のレベルを遥かに超えている。
清風先輩に続くのは白鷺副部長。努力を重ね、特にこの1年で清風先輩に迫る演奏技術を手に入れたそうだ。
この二人が競い合うことで、部全体の演奏技術を引き上げて来たという話だ。
他の先輩から聞いたことがある。
我が東高吹奏楽部は、昨年全国大会に進めなかった。そのことに最も憤ったのは白鷺副部長だったらしい。
普段、和やかな表情しか見せない副部長が表彰式終了後、声を荒げて悔しがったとか。
清風先輩は、ひとことで言うと『芸術家』。
音楽で勝負することをとても嫌っていたそうだ。
そんな清風先輩に対して、白鷺副部長はコンクール終了後、猛烈に怒った。
その時、白鷺副部長は東高吹奏楽部でトップ奏者になると宣言した。
清風先輩はその挑戦を受け入れると応じた。
それまでコンクールに消極的であった清風先輩の心に火をつけたのは白鷺副部長だった。
その二人のやり取りを側で聞いていたのは、鷹峯部長と剛堂先輩の2人だけ。
その時、この4人の先輩たちは、来年こそは必ず全国大会に行こうと誓い合ったそうだ。
4人の間でどのような感情が共有されたのか、アタシは知らない。
でも、その話を聞いた時、アタシの胸は熱くなったんだ。
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