初恋前夜

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「”仕事”には慣れてきたか」 道具を磨いていると、先輩に声をかけられた。 「ちょうど次の日曜日に、この仕事を始めて1年経つんです」 「あれから1年か! 痛快だったなあ、脱税王の脳天をぶち抜いたあの任務!」 「今思うと初任務がアレってハードすぎますよ」 「ボスはお前を見込んでいたんだと思うぞ。現に、お前はたった1年で殺し屋のトップ3に入っちまった!」 「まだまだですよ」 「謙遜しちゃって!」 若い男はデータを見ながら明日の準備をする。 不動産王の社長令嬢。 男と同い年だった。 大富豪の家に生まれていたらどんな人生だったんだろう、学校、それもエリートの学校に通えていたんだろうな。彼女も決まったレールを自信満々に走っていたのだろう。 明日で終着駅に着くわけだが。 「心配だよ、アリーザ。SPの数をもっと増やすべきだ」 「お父様は私の事を子供扱いしすぎです。明日の式典は私の独り立ちも意味するのですよ。お父様の言う通り、従来の3倍のSPや警備を配置したのです。十分では?」 「用心はいくらしたっていいんだ。早く良い相手を見つけてくれるのが一番……」 「その話はもう終わりにして下さい、お父様。私の人生です。私が継ぐ会社です」 「そうだが……」 「ターゲットの写真は見たのか?」 「いや、まだ。寝る前に」 「ずいぶん余裕だな」 「俺のペースがあるんすよ」 深夜、一人ぼっちのホテルの部屋で、明日の式典会場がよく見える部屋で、男はやっと封筒の中の写真を取り出した。 木漏れ日の中で微笑んでいる女性。 ひりっ。 何か、胸元に痛みが走った。 何か飲んだか、飲まされたか? 確認したが何でもなかった。 知り合いに似てた? ああ、確かに昔会った人に似ているような、似ていないような。 道端で座り込んでいた俺にサンドイッチをくれた少女に似ているような、似ていないような。 「まさかね」 10年以上前の話だ。 ひりっ。 女性の笑顔を見る度に何故か痛い。 理由が分からないまま眠りについた前夜。 若い男が社長令嬢の脳天をぶち抜いた前夜。 微かな痛みが耐え難い激痛に変わることをまだ知らない前夜。 初恋前夜。
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