転機は1本の映画によって

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「苺和ちゃん。こっちこっち」 2年になった夏休みのこと。 終業式前に3年の先輩から告白され、いつも通りお断りすると、1回デートしてくれたら諦めるとねだられ、そのくらいならいいかとわたしも受け入れた。 ようやくそれが実行できたのが今日なのである。 先輩が懸賞かなにかで応募した映画のチケットを当てたらしく、それを見に行こうということになった。 「映画、楽しみだね。苺和ちゃんは、どんな映画をよく見るの?」 「いえ、特にこれといったものは……」 現在上映中のものならなんでも見られるらしかったが、先輩のチョイスで、漫画が原作の恋愛映画を見ることになった。 あれ、これって…… 『ねぇ、先生? わたしからの好意は迷惑ですか?』 『……ごめん。おれからは何も言えない』 やっぱり。 しょっぱなから主人公の女の子が憧れる学校の先生役として、パパが出てきた。 基本的にわたしには自分の出演するものを教えてくれないから、パパの活躍はテレビで見て初めて知る。この前これの宣伝でちょっとだけなんかの番組に出ていたのを思い出した。 小学生の頃は、保護者の影響を受けてなのかわたしが御門虫介の娘って知ってるクラスメイトは多かったけど、中学に入ってからはパパととりわけ見た目も似てなかったり、わたしはもちろん知ってる同級生たちも別に言いふらすこともなかったりで、周知度は低くなったと思う。 だからきっと、先輩も知らないんだ。 いくらなんでも、すきって思う相手の親が出てる映画を一緒に見たいとはならないだろうから。 大きなスクリーンの中で、パパが扮する先生はだれもいない放課後の教室でヒロインに迫られ、そのままキスをされても抵抗しなかった。 こうやってまともに親のキスシーンを見るのは初めてだ。 ……いや、正確に言えば、見たことはあったけれど。 『どうして……ねぇ、どうして? こんなことやめろって、注意してくれないの』 『ごめん。おれはずるいおとなだから、こんなことで黒川の気が済むのなら、いくらでも受け入れるよ』 『ずるい。ほんと、ずるいよ……はぁっ、先生のこと、今すぐきらいになれたら楽なのにな……っ』 目に涙を溜めて、報われない気持ちをあらわにするヒロインに、わたしは心を打たれた。
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