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忌々しい異端者め!
日本に隠れ住んでいたその男は、テレビで放映された国会議員の不快な顔に、不快感を募らせていた。
北海道の地下に作られた修道院には、修道士達の祈りの歌が響いていた。
どうしてこうなった?イエズス修道会は、ミシェル局長を長として、世界中に会士が集まる強権的な修道会で、局長なき今も、こうして逃げ延びた会士と共に、憎き冥王との宗教戦争を続けていたというのに。
70人の悪魔だと?直視する気にもならない。悪夢のような冥王め!
イエズス修道会修道院長、長谷川シモンは、思わず壁に掛けられた銃器に目をやった。
奴は、勘解由小路降魔は死なねばならない。
今すぐ奴の家を包囲し、火をかけ、転び出てきた奴の子も、纏めて射殺しなければならない。
正義がなされない、これは暗黒だ。
闇がやって来ている!正しきを終弥に追いやるような悪が我等を覆い包まんとしている。
こんにちはー。来たよー。
馬鹿のピンポンがあった。
何が来ただこの異端者がああああああああ?!
反射的に銃器をひっ掴んで、外に雪崩れ込んだ。
修道士達総勢200名が、我先に来たよー。とか言った愚劣な悪党を出迎えようとして、外に出たところで固まった。
「おーーひ、ひひ、比留間ーーか?」
ガタガタに震えた、修道士、比留間ルドビコがいた。
命を捨てても、冥王を滅殺すると誓い、ここで別れを告げた若き殉教者。
「札幌の、随分特定の難しい場所に建てたなお前等。まあ、このビルの人間はお前等以外全員退避した。今出てきたのは残念な殉教者モドキだ。今さっきバチカンは正式にお前等を破門した。投降するならテロ準備罪で逮捕だ。日本の首都高で大量破壊兵器で自爆して、ただで済むと思ってるのか?」
「喧しい!破門だと?!我等イエズス会士はバチカンよりも遥か上位に存在する!何故なら大天使ミカエル様が!」
「ミカエルはこの前地獄に落ちて俺の娘に滅ぼされたぞ。その時の画像がこれ」
「うわあああああああああ!これがミカエル様だと?!このブクブクに肉の膨らんだ、訳の解らぬ肉塊の如き化け物が?!その!貴様の子を抱いているのは誰だ?」
「俺のパシリの定岡さんだ。まあルシファーだけど」
「ルシファーをパシリ扱いする異端者ハデスよ滅びよ!」
誰かが銃を発射し、全員が追随していた。
ハデスの馬鹿面は、液晶が砕けて、煙を上げて消えた。
「面倒なんでオンラインだ。スピーカーは無事だがな。投降する気はないんだな?」
「無論!貴様の子も必ず殺してやる!一列に並べ、離れたところにトーチを掲げてやる!」
「なるほどな。じっくりゆっくり焼き殺すか。うちの姫達をな。思わず想像しちゃったじゃないか。うちの娘はハデスの娘だがな。まだ赤ん坊だぞ。簡単に殺すとかよく言えるな。お前等の教義に汝の隣人を愛せよって言うだろうが」
「愛すべき隣人に紛れた悪を刈り取るのがイエズス会士の役目だ!」
「ああ解ったもういい。お前等の下らん自爆テロだがな。見た通りこいつはまだ生きている。自爆スイッチに手を掛けたところでな。これで死ぬって瞬間を認識せずに済むはずの自爆を、もうこいつは1万回以上自爆している。現実ではスイッチを押していないんだがな。うちの家政婦の1人、白鳥さんの力だ。最悪の幻覚にドップリハマっている。更には、このビルだが、建物ごと今は地獄に落ちている。それでーーここでこの馬鹿がスイッチを押したとして、現実にどんな影響がある?」
胃の腑が落ち込むような感覚に襲われた。
「お前等なんか実にどうでもいい存在だ。俺を殺すって奴は多すぎてな、一々何とも思わんのだがな。それでも、うちの可愛い娘を焼き殺すだと?馬鹿かお前は。じゃあ死ねよ」
戒めが解かれた比留間に、修道士達は押さえつけようとしたが、一手及ばず、彼等の目の前で、スイッチが押された。
日本に唯一残っていたイエズス修道会北海道支部は、こうして1人残らず消滅した。
勘解由小路降魔議員を狙った大規模な爆弾テロは、世界中に衝撃を与えたが、結局冥王ハデスは核に匹敵する破壊すら、まるで効かないことが判明し、いよいよハデスに対する敬意と、国民を守った悪魔達への親近感を覚える結果となった。
並んで、キリスト教イエズス会は、世界的なテロリスト集団に認定され、バチカンからも破門の憂き目に遭った。
霊防省祓魔課を中心としたチームは、世界各国に潜伏したイエズス会の掃討に向かうことになった。
ちゃちゃっと行ってくる。翡翠ちゃんを頼むぞ黒男。家政婦は毎日来ることになってるから。
祓魔チームに混ざった碧を見送り、勘解由小路はいつものだらんとした日常に戻っていた。
「それで、どうする?」
「え?何が?ああマコマコ。そのままで」
膝の上に座った妻を背後から抱きすくめていた。
「大体、そろそろ総選挙だろうが。いいのか?ここにいて」
「構わんさ。俺の当確は間違いないらしい。選挙カーをレロレロ搭載車にしてあるし、名前をウグイス嬢が連呼することもない。あれはただの騒音だ。あん?もしもし?お前か川辺。ああ?まあいいよやってやろう。島原、俺防衛大臣やるんだけどさ。何やればいい?」
「自分で考えろ!銀さんですら掃討に向かったんだぞ!お前は何もしないのか?!」
「何も、って。おおよその状況作ったんだぞ俺は。ミカボシ事件で真帆を拐ったヤハウェをただの犯罪者にしてやったんだ」
確かに、あれは見事だった。
本来なら、人の刑法で裁けないはずの神を、一般人レベルに引きずり下ろし、まんまと始末したのがこいつだった。
「未成年の少女を誘拐し、俺が私財を叩いて打ち上げた軌道エレベーターアマツミカボシを落とそうとしたんだ。推定墜落コースは東京だ。あそこまでやっても罰せられることのない造物主が、ショボいテロリストになったんだ。そのまんまの路線で突っ走ろうとしたイエズス会も同じ運命を辿る。あとは、あれだ。ポケットメギドの製造だ。あれを押さえる。メギドってのは要するに、別の空間で発生した大規模な破壊を、こっちの空間で解き放つものだ。空間を越えたところで、あの爆発をやらかしたのは誰だろうな?」
島原には解らなかった。
「そうか。それを、お前に託していいんだな?」
爆発を生み出していた者の特定と排除。
「ああ。まあ、大体見当はついている。うん。防衛大臣としての初仕事はあれだ。テロリストの壊滅だろうな。連中はいよいよやる気だ。気を付けろ。まあ気を付けようがないんだがな。あれをやられると。やっぱりアッラーはアクバルだ」
馬鹿を言うな。イスラム教を引き合いに出すな。
だが、今後も起こるのか。あれだけのテロ事件が。
うかうかしていられなかった。島原は、馬鹿の家を出た。
欲しいのは情報だ。何よりも欲しい情報は。
島原の乗った政府車両は、勢いよく職場に向かっていった。
そして、生き残ったイエズス会士は、消滅したであろう北海道支部から受け取ったケースをゆっくり開いた。
ケースの中身は、ポケットメギドが一発、そして、3発の弾丸が。
神すら貫くと言われる、オリハルコンの弾核。
「アルマゲドンは来たれり。アレルヤ」
ケースを閉め、入ってきた来客に頭を垂れた。
「勘解由小路先生の当確と入閣ですが、問題ありません。総理」
ここは、首相官邸の執務室だった。
次期川辺内閣で、霊防省事務次官になることが内定していた、田茂川賢一総理補佐官は、総理大臣に向かって言った。
まだだ。まだ終わりはしない。そうでございましょう?天上におわす我等が造物主よ。
田茂川は、暗く深い殺意を秘め、総理大臣に支えていた。
了
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