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夕陽と窓枠が、二人の足元に模様を描く。すよすよと寝息を立てて眠っている紗佳は無造作に脚を投げ出している。スカートは膝丈でも、ハイソックスを足首まで下げていた。さやちゃん、と呟く。左肩に寄りかかる艶やかな黒髪が首元に触ってくすぐったい。
「早く愛したいよ」
素肌が直接教室の床に触れて寒くはないだろうか。膝掛けを探すと、紗佳の鞄からはみ出ていた。なるべく振動を与えないように、慎重に手を伸ばす。
「……泰喜」
名前を呼ばれて動きを止める。ちょうど、紗佳の肩に覆い被さるような体勢になっていた。
「襲ってくれるの?」
「起こしちゃったか」
何事もなかったかのようににっこり笑って姿勢を戻す。
「脚、寒いかと思って」
目頭を擦りながら「なんだ」と紗佳はメガネを探すので取って渡した。
「ありがとう、あ」
「なに?」
「キス、したい」
だめ、と言うかわりにメガネを耳にかけてやる。不満そうな紗佳に「帰ろう」と促し立ち上がると、ズボンの裾をきゅっと引っ張ってだだをこねられた。
「紗佳」
「違う」
「……さやちゃん」
ふてくされている。こうなると紗佳はしてやるまで動かない。
「して」
仕方ない。しゃがんでちゅっと髪にキスをした。
「それじゃないもん」
わかってるよ、と微笑む。
「もう帰らないと。先生来ちゃうよ」
じゃあ起こせと言わんばかりに両手を広げる。よいしょ、と持ち上げると身体の細さ感じて頬が熱くなった。
「熱い?」
「紗佳のせいだよ」
そう、と目を伏せてシワのついた制服を一生懸命にのばす。
「まだだめなの」
「まだダメだよ」
うんうんと残念そうに頷く紗佳を見て、自分にも「ダメ」だと言い聞かせる。
「手はいいよ」
「うん」
人がいないことを確認して、お互い荷物を持っていない方で指を絡める。
「ぎゅうは」
「家に帰ったらね」
教室の扉を閉める。3-1と書かれた札が揺れる。
「キスは」
「それも家に帰ったら――」
「泰ちゃん!」
声とともに後ろから駆け寄ってくる音がする。ぱっと結んでいた指を解いた。
「今帰り?」
「ああ、女バレは練習?」
誰だっけ。思い出せないけれど、かろうじてユニフォームから会話を繋げる。
「まあね、って加瀬さんじゃん。どうしたの」
「週番でさ、さっきまで仕事頼まれてた。ね?」
はい、と紗佳も遠慮がちに答える。
「そっかあ、じゃあまたね。今度カラオケでも!」
「耳栓ないから遠慮しとくわ」
名前も忘れてしまった、猫なで声の女子は「ひどーい」と振り返りながら笑う。
「さ、行こう」
「いいの?」
いい、ときっぱり言う。紗佳の手を取り階段をおりると、そそくさに駐輪場へ向かった。俺達が付き合っていることは誰にも言っていない。女子はこわい、控えめな紗佳が彼女らの標的になるのは目に見えている。こんなに好きな人ができるなら、手当たり次第に遊ぶんじゃなかったと何度も悔やんだ。
「二人乗りはいいかな」
「だめです!」
すかさず腕をクロスした紗佳の頬をつまむ。なぜつままれたのかわからなくて首を傾げる様子は愛らしい。
「痛い?」
「ううん」
桃色になった頬を指で撫でたあと、自転車の鍵を外す。
「荷物乗せていいよ」
「ありがとう」
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