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「泰喜、好きよ」
「……うん、俺も好きだよ。大好きだ。」
うん、とシャツの裾をつままれる。
「ねえ、提案があるんだけど」
眉間を抑えながら「なに?」と返す。
「卒業まであと半年でしょ」
「おう」
「それで、明日はテストの代休です」
くるっと振り向く。ゆでだこの紗佳が座っている。
「予定はありますかっ」
「……ないけど」
「じゃあ私とデートしましょう」
目を丸くする。
「さやちゃん、勉強は?」
「それはいつもしてるから」
机に置いたメガネをとり、かけなおす。
「泊まりは無理だけど日帰りできるところをピックアップしたの」
スマホで保存しておいたのであろう、スクショをめくってみせた。進路のこともあって、お互いが落ち着くまではどこにも行けないと思い込んでいた。
「その、ハグとかキスとか、そういう……スキンシップじゃなくて。二人でできること、やりたいことがあるの」
そうか、と納得した。確かに付き合ってから家に行くばかりでまともにデートすらしたことなかった。結局鉄壁の理性も名ばかりでソウイウコトしか頭になかったのだ。
「……はず」
「ふふ、どこ行く?」
楽しそうに場所を選ぶ紗佳を見ているのが楽しい。なんて、この期に及んで怒られるだろうか。
「あ、ここどう? 水族館もあるし、海岸も、私シラス好きなんだー」
「いいね。じゃあ俺は電車の時間調べるよ」
スマホを出してふと時間を見るともうすぐ19時になる頃だった。
「さやちゃん、時間」
あちゃあ、と帰り支度を始める。今日は勉強どころじゃなかったから簡単だ。外に出れば空にはもう星が瞬いていた。いつも通り家の前まで送っていく。
「電車は調べたら送るわ」
「うん、ありがとう」
「じゃあまた……明日」
「また明日ね」
玄関に入っていくのを見届ける。今日は濃い放課後だった。それに遠出なんて久しぶりだ。あれ、考えたら紗佳の私服を知らないな。休日に会うのも初めてなのか。やばい。
「緊張してきた」
明かりのついた二階の窓を見上げる。カーテンの隙間から覗く紗佳に大きく手を振って、自転車を漕ぎだす。先ほどの熱っぽい表情が思い起こされる。ぐんと何かがこみ上げてきた、悲しい性だ。果たして明日平気な顔をして会えるだろうか。心配になる。
心配といえば私服だ。帰ったら服を合わせないと、あれ、ワックス残ってたっけ。そうだ電車も調べて連絡するんだった。名物はシラスの他に何かあったかな、店は――。
急に視野が開けて明日のことを思うだけで頬が緩む。紗佳、俺もスキンシップ以外のこと楽しめそうだ。ぱらぱらと人が行きかう住宅街、街灯は少なくとも立ちこぎすれば視界良好。鼻歌交じりにペダルを踏み込む。通り抜ける風は耳を冷やしていくけれど、身体の芯はぽかぽかと温まっていった。
完
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