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その顔を見ていると何だか慶一朗も自然と笑ってしまい、気が付けばビールよりも先に料理を食べ終えていた。
ビールとコーヒーで出来ていると揶揄われるほどの少食である慶一朗がそのビールを残して料理を食べるなんてと驚いてしまうと、リアムが美味かったかと当たり前のことを問いかけてきた為、彼の皿に残っていたハムを指で摘んで口に放り込む。
「あ! 残していたのに」
「好きなものなら最初に食えばどうだ?」
リアムの呆れたような顔に目を細めてイタズラが成功した子供の顔で笑った慶一朗だったが、こんなにも楽しい食事風景の中に己が入れる日が来るなんてまだ信じられない顔で呟くと、リアムが慶一朗の肩を抱くように腕を回し、これから二人で食べる時はずっとこんな感じなのかなと笑う。
「そうかもな」
「……じゃあ料理が出来たらまずケイに食べて貰わないと」
「味見ならお前の舌の方が正確だろ?」
リアムの肩に頭を乗せながらお前の方が味覚も正確なんだからと笑うと、お前に食べて欲しいのに俺の好きな味付けにしても仕方がないとあっさりと返されて瞬きを一つ。
「……そうか」
「うん、そうだな」
慶一朗にとってリアムのその言葉や考え方は想像できないもので、どうしてそこまで俺のことを考えられるんだと胸が柔らかく暖かな何かに締め付けられるが、口に出したのは職場で食べるランチをどうにかしてくれとの言葉で、どうして欲しいと問われて素直にお前の作るランチを毎日食べたいと答えれば、それに対する返事は言葉ではなく髪に落とされた口付けだった。
「……望みを一つ言え、Mein Prinz.」
お前が本当にランチを作ってくれるというのならそれに対する望みを言えと顔を見ずに囁くと、出来るだけランチは一緒に食べたい、夜も一緒に寝たいと返されて一つじゃなくて二つになっていると笑うものの、その笑みを納めた後、リアムの腰に腕を回して可能な限りそうしようと頷く。
今まで食べてきた料理の味ははっきり言って何を食べても同じ味しかしなかったが、リアムと一緒に食べる料理は不思議と全ての味が感じられたのだ。
その時間が続くのであれば一緒に食事をし、その延長で夜を越えて朝を迎えるのも悪くないと、今までならば考えることすらしなかった日常の光景を思い浮かべ、じゃあコーヒーだけは俺が淹れると笑いながらリアムを見れば予想通りの満面の笑みを浮かべていて。
ああ、本当にこの顔が好きだと胸中で呟き、心の奥底で小さな芽を出している何かわからない花に知らず知らずのうちに水を掛けるのだった。
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