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この後、最も集中しなければならない工程が終わり、医師としては朝飯前のそれに進む際に彼は気分の切り替えを図るのに音楽をかけることが多いが、今日は何を聞くと問われてスタッフが自身の願望も込めて様々な曲名を口にする。
「どうしようかな」
気分はハードロックだと笑う彼がちらりと背後を振り返り、緊張の面持ちで見つめてくるアシスタントドクターに何が聞きたいと問いかけると、しどろもどろになりながら、もう解散しているがイングランド出身のロックバンドの曲が好きと答えられて色素の薄い双眸を瞬かせる。
「……兄弟の仲が悪くて解散したんだったか?」
「そ、それだけではないと思うけど……」
「ふぅん……誰か、アンディがお勧めしてくれたバンドの曲を流してくれ」
手術室のスタッフに、今日の手術をアシストしてくれるアシスタントドクターのアンディがお勧めしてくれた曲を頼むと告げ、本人には肘で腕を軽く突いて感謝の気持ちを伝えると、目を閉じて深呼吸を三回繰り返し、手術台のすぐ側でいつも支えてくれているスタッフに顔を向けると特に言葉を交わすこともなく定位置に立つ。
「お願いします、ドクター・ユズ」
女性スタッフのその声に彼、杠 慶一朗の顔から笑みが消えて双眸に剣呑さすら感じる光が浮かび、それを斜め後ろからアンディと呼ばれた後輩のアシスタントドクターが見守っているのだった。
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