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「やっと見つけた、いきなり飛び出すからびっくりしたぞ」
聞きなれた声に体が反応して瞼を開ける、目の前には息を切らした田所くんが立っていて、肩を上下に揺らしながら私の隣に腰を下ろした。いつも見ている時計塔がある。ここは駅前の公園の中にあるベンチらしい。
「なにがあったかなんて野暮なことは聞かねぇけど、話せば楽になることだってあるって。まぁお前にとっては頼りない主任だけど、たまに頼ったって罰はあたらねぇぞ」
田所くんは鼻水をすすりながら言った。まだ肌寒い二月の公園で、私の体温はその言葉だけで充分すぎるほど暖かくなっていた。
「あぁ寒ぃ、とりあえずオフィスもどるか。ほら立てよ」
上着も羽織らず飛び出した田所くんは、白い息を吐き、震えながら立ち上がり、手を差し伸べる。
「はやくしろって」
私は差し出された手を手繰り寄せ、強引に腕へ抱きついた、勢いよく抱きついたから田所くんは少しよろけ、困惑しながらあと退る。
「なんだよいきなり」
「別になんでもない」
あれから一ヶ月が過ぎた。私のまわりで起きた不思議現象は、もう起こることはなかった。先日、智子から電話がきて誠司が復縁したがっていることを知ったが、私にはもう運命の人がいるからと電話を切った。
私の心は晴れやかだ。まわりから何を言われても私のことを応援してくれる人に気がついたから。
時計を見る。時刻はまもなく午後七時だ。スクランブル交差点の帯は、濃いオレンジ色に光っている。十分前とは別な数千人の人たちが、十分前と同じように四つ角に詰め掛ける。どの顔も明るい週末の人たちばかりだ。私はさっき頼んだばかりのアイスコーヒーを一口飲んだ。グラスについた水滴は粒を大きくして、テーブルに小さな水たまりをつくる。
もうすぐ彼がやってきてきっとこう言うだろう。
「わりぃ、わりぃ仕事終わんなくてさぁ、主任は忙しくて困るわ」
春先でまだ肌寒いのに、薄っすら汗までかいている田所くんを見て微笑む。
「ほんとにさいてーはじめてのデートで待たせるなんて」
本当は楽しみで、追加の仕事を断って出てきたことは黙っておこう。私は彼の前では素直になれないのだから。
十分後にウェイトレスがオムレツをふたつもってきて、ケチャップのうえにマヨネーズがかかったオムレツを彼のテーブルにおいた。子どもみたいに笑う彼の顔をまじまじ見つめる、私の視線に気が付いて不安そうに顔をしかめた。
「この食べ方が一番おいしいだけどさぁ、やっぱり変かな?」
私は首を横に振る。
「いいえ、素敵だよ」
そういうと彼は顔を赤らめた。
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