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あの人に会いたい。
会って聞きたいことがあった。私はポケットの中に手を突っ込んで強く願った。もう一度会いたいって、たしかめたいって。
「ご利用ありがとうございます」
ズボンのポケットが輝きを放ち、声のする方へ振り向くと、スーツを着た青年が立っていた。
「もういちどあの人に会いたいの、あのレストランに連れてって」
青年は笑顔で頷いて手をさし伸ばす。私は青年の手をとると一気に全身の力が抜けた。
「ご案内します」
目が覚める。私はあのレストランにいた。
「やあまた会えたね」
今度ははじめから彼が座っていた。彼は私の頬に流れる涙を人差し指で拭うと優しく笑って言った。
「おなかすいたね。なにか食べよう」
全てを知っているくせになにも聞かずにメニュー表を開く。
「あなたと同じもの」
予想どうり彼はオムレツを頼んで、やはりケチャップのうえからマヨネーズをかけた。いろいろな話をした後で、私は何より聞きたいことを彼に尋ねた。
「ねえ私と結婚して幸せだった?」
彼の手が止まり悲しそうな顔をした。もしかしてうまくいってないのではないか、最悪の結末が頭をよぎる。
「幸せだったに決まってるじゃないか」
そう言うと、彼はポケットからコインのような丸いチップを取り出して机に置いた。すると映像が浮かび上がり、そこに彼とその子供たちと年老いた私が映っていた。
「僕たちには子どもが三人いて、長男の晴喜はきみに似て真面目で手のかからない良い子に育った。長女の梨乃はきみに似て美人だし、次男の洋介はぼくに似て口うるさくてね、これが生意気で困ったもんだよ」
静かに笑う。彼の穏やかな笑顔に憶病な私はますます不安になる。
「私はね、嫉妬深くて、そのくせ寂しがりやで……でも誰かに本当の自分を暴かれるが怖くて、強がって、結局迷惑をかけちゃう。将来が不安で、焦って余裕なくて、すぐすねるめんどくさい女なの。こんな私があなたを幸せに出来るとは思えない」
彼は首を横に振り私の手を握り締めた。大きくて暖かい、安心できる手だった。まっすぐな目に吸い込まれそうになる。
「僕はきみが人一倍、真面目で頑張り屋だってことも、まっすぐな性格で損ばかりしていることも、みんな知っている。だって毎日きみの力になりたいと思っていたから、人知れず傷ついていくきみをほっとけなかったから。僕はきみに救われたから」
彼の瞳に映った私もつられて笑っている。
「きみは僕にとって一番素敵な人だよ」
彼は最後の一口を食べ終わると、席を立って光の中を歩きはじめた。
「死ぬ前にもう一度きみに会えてよかった、そっちの僕によろしく」
光が強くなり私は目を開けていられなくなった。
「待ってまだ名前を、あなたの名前を聞いてない……」
視界がゆっくり暗くなる、やがて深い眠りに落ちた。
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