第一幕

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第一幕

榛名(はるな) 月御門(つきみかど)神社は、知る人ぞ知る北関東山中のパワースポット。 広大な竹林を鎮守(ちんじゅ)の森として包まれる荘厳な社殿や社務所の裏手に、家人と10人あまりの権禰宜(ごんねぎ)(※神主見習い)が起居する奥殿(おくどの)があり。 午前6時半。食堂の椅子に腰かけた権禰宜の星尾(ほしお) 昴琉(すばる)が、目の前に配膳(はいぜん)された焼き魚やダシ巻き卵、香の物とみそ汁に山盛りの炊きたてゴハンという正しく健全な朝食に毎度のごとく感動を覚えながら、コップに注がれた冷たい水を口に運ぼうとしかけた瞬間、 「ダメです」 涼やかな声が耳元にささやいたと同時に、手首を強くつかまれた。 星尾は、持ち前の甘いマスクをキョトンとさせて、隣に立つ人物を見上げた。 この神社の祭守(さいしゅ)たる月御門 陽向(ひなた)は、清らかに日焼けした伽羅色(きゃらいろ)の美貌をいつになく硬くこわばらせながら、コップを奪ってテーブルの端に静かに置くと、 「この水には、蠱毒(こどく)()いています」 たちまち、同じテーブルを囲んでいた権禰宜たちは、いっせいにガタガタと騒音を響かせながら立ち上がった。 「蠱毒!?」 オウム返しに誰かが口走った悲鳴が不穏なザワメキとなって食堂全体に広がり、約1名をのぞいた全員が固唾(かたず)をのんで凍りついた。 その"約1名"にあたる陽向の双子の兄・月御門 千影(ちかげ)は、星尾の向かい合わせの席に座ってノンキに頬杖(ほおづえ)をついたまま、 「は? コドクって、なによ?」 清流のようにしっとりした双子の弟の声とは対照的ともいえる、甘ったるく乾いた声をスットンキョウにうわずらせて尋ねた。 ここにいる全員が神主の平服たる和装の上衣と(はかま)をすでに端然(たんぜん)と身につけているのに、お気に入りのモコモコしたパジャマを着たままである。 答えを返す代わりに陽向は、朝食に添えられた竹箸(たけばし)を持って、 「神火清明(しんかせいめい)神水清明(しんすいせいめい)神風清明(しんぷうせいめい)、  ……急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)」 そう小声で口ずさんでから、フッと先端に短く息を吹きかけると、コップの中に差し入れた。 とたんに、透明な飲み水しか満たされていないはずのコップの水面から、水柱がピュッと垂直に浮き上がった。 小さな噴水のように30センチ近くも吹き上がってからユックリと再びコップに落ちるとき、水柱の表皮(ヴェール)がはがれ落ちていく中心から細長いヌラヌラした瑠璃色(るりいろ)の虫が空中に姿を浮かびあがらすや、虚空を切り裂き、星尾の顔に向かって飛んできた。 「な……っ!?」 叫ぶ余裕もなくポカンと開け放たれたままの星尾の口の中に()()が突っ込もうとした寸前、陽向が横から竹箸でサッとつまんで、コップの中に戻し入れた。
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