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管理小屋に再び戻ると、安心したのかシーラは急に強烈な眠気を覚えた。自分だけかと思ってちらりと横を見ると、ジークフリートの方も欠伸を噛み殺している。
「ジークフリートさん」
「あ?」
「たぶん、もうすぐ帰れると思います」
前回も確か、洞窟の中で強烈な眠気に襲われた後未来に帰れたのだ。その感覚に似ている。
シーラのその説明に特に驚くこともなく、ジークフリートは頷いた。
「あー……まぁそうだろうな」
「分かるんですか?」
「分かるっつうか、やっと意味を理解したっつうか……」
「?」
ジークフリートの言いたいことがよく分からない。シーラは困惑の表情のまま首を傾げた。
それに答えることはなく、ジークフリートは証拠隠滅のため小屋の後片付けを始める。曰く、痕跡を残すと後々面倒くさいことになるらしい。7年前の俺が無駄にここを捜索する羽目になるとか何とか。
しばらくして満足がいったのか、ジークフリートは壁際に座っていたシーラの横に腰を下ろした。一方のシーラとはいうと、もう限界が近いのか、うつらうつらと先程から船を漕いでいる。
「あ……ジークフリートさん」
「起きるな。そのまま寝ろ」
「はい……」
起きようとするシーラを制すと、コクリコクリと揺れる彼女の頭を自分の肩にそのまま凭れさせる。
「…………」
特に抵抗することとなく自分の肩によりかかって眠るシーラをしばらく見つめた後、ジークフリートもようやくその青い瞳を閉じた。
◇
「……ーラ、シーラ、おい、シーラ起きろ」
「……う……んん?」
優しく揺り起こされる感覚に、シーラは意識を浮上させた。とろとろと目を開くと、こちらを覗き込む青い瞳と目が合った。
1秒ほど思考停止した後、覚醒したシーラはハッと辺りを見渡した。
見覚えのある部屋の装飾に、展示室の椅子、掃除道具が入った物置、それから中央にあるガラスケース…間違いない、時の石の部屋だ。
「ジークフリートさん……! 私たち、帰って来たんですね!」
「……よし、すぐ戻るからここから動くなよ」
「え……」
歓喜にうち震えるシーラに対し、ジークフリートはおもむろに立ち上がった。
訳が分からず、返事にまごつくシーラに彼はもう一度強く言う。
「ここから動くな。いいな?」
「は、はい……」
シーラが小さく返事したのを確認して、ジークフリートは部屋から出て行った。
デジャヴである。前にも同じようなやりとりをしたような気がする。彼が出て行った扉をじっと見つめながら、シーラは首を捻った。
「おい、戻ったぞ」
「あ、はい」
宣言通り、本当にすぐに戻って来たジークフリートにシーラも別段驚かない。これも2回目なのでだいぶ分かって来た。前回同様、なにやら黒い布を持っている。
「これに着替えろ」
「あ、お仕着せ……」
「扉の前にいるから着替え終わったら声を掛けろ」
「え、は、はい」
戸惑いつつも、素直に頷くシーラに無造作にお仕着せを渡すとジークフリートは出て行ってしまった。
扉の外に人の気配を感じるので、言った通り着替え終わるのを待っているのだろう。
毎回毎回、何故彼はこんなすぐにお仕着せを用意できるのだろうか。今回も裾がビリビリになってしまったお仕着せを見ながら、そんなことをシーラは考える。
着替えが終わったことを告げると、再びジークフリートは部屋に戻って来た。
「あの……」
「これ、後で足に塗っとけ」
「え? ……あ、塗り薬? ありがとう」
渡された小さな容れ物から、独特な薬草の匂いがする。どうやらシーラが靴ずれしたのを覚えていたようだ。
「他に怪我はないな?」
「はい。ジークフリートさんは?」
「無い」
「なら良かった」
「…………」
安心したように笑うシーラを見て、ジークフリートはしばらく押し黙ってしまった。
それから展示室の方の椅子に向かったかと思うと、どっかりとそこに腰をかける。
「……あの?」
「……横、座れ」
「?はい」
シーラは素直に頷くと、ジークフリートの横にちょこんと腰かけた。人がひとり座れるか座れないかぐらいの間を空けている。
その空間をジークフリートはじっとりと親の仇のように睨みつけると、無言で席を詰めた。一方のシーラは部屋の中央の時の石をぼんやりと眺めていて、そのことに特に気がつかなかった。
「……ジークフリートさん」
「何だ」
「……私、またいつか今日みたいに時の石に飛ばされるんでしょうか?」
「…………」
シーラの言葉の語尾が、段々と小さくなる。ジークフリートが膝に置かれた小さな手を取って握ると、ハッとしたようにシーラがこちらを見た。その瞳は不安げに揺れている。
「……それはねぇな」
「え?」
「お前の時間旅行は今回で終わりだ」
大きな手にすっぽりと収まるシーラの小さな手が、ジークフリートの親指をギュッと握りしめた。シーラの手の震えが止まる。
「……今回で分かったのは、お前が過去に行くことには、ちゃんとした意味があったってことだ」
「私が過去に行く意味?」
「……お前は、俺を助けるために過去に飛んでる」
意外な言葉に、シーラは目を瞬かせた。
「前回は怪我で死にかけてた俺を、今回は熊に殺られかけてた俺を、お前は助けてる」
「……熊を倒したのは貴方じゃないですか」
「……まぁ結果的には、そうだけどな。最終的にいつも俺の手当てをしてるのはシーラだ」
つまり、シーラが過去にタイムスリップするのは偶然でも、時の石の気まぐれでもなく、命の危機に瀕した出会う前のジークフリートを助けるためだという。
だが、そうなって来ると15歳以降の彼が危険に晒される度にシーラは過去に飛ばされることになるのではないだろうか。
その疑問をぶつけると、「あれ以降、今まで殺られそうになったことなんてねぇから安心しろ」という力強い返事が来た。お仕着せを包帯代わりに手当てされるという不思議体験もあれ以降なかったらしい。
「……過去に戻って二度も助けるなんて、何だか…運命みたいですね、私たち」
「あ?」
「え、あ……今のは、別に深い意味はなくて! その……」
思わず引こうとしたシーラの手を、ジークフリートが握りしめて逃さない。それどころか、そのままグッと引き寄せられた。
「……どういう意味だよ」
「え?」
「別に深くないなら、他にどういう意味がある?」
「ど、どうって……」
「……言えよ、シーラ」
目の前の青い瞳のあまりにも強い眼差しに、シーラは目が離せなくなる。耳と頬が、馬鹿みたいに熱い。
「わ、私が……」
「うん」
「じ、ジーク、フリートさんを……」
「……俺を?」
「す、す……好」
——ゴーン、ゴーン、ゴーン
遮るような鐘の音に、シーラの肩がビクッと跳ねた。午後の仕事の終わりを告げる鐘が部屋に鳴り響く。
「…………」
「あ……大変……!」
先ほどまで熱に浮かされたように真っ赤だったシーラの顔が、今度はサッと青くなる。
「お掃除、全然してない……! 掃除婦長に叱られます!」
「…………」
「……じ、ジークフリートさん、ごめんなさい。私、お掃除が……」
「…………」
「……ジークフリートさん?」
「…………しねぇ」
「え?」
「……もう容赦しねぇ」
「よ、ようしゃ? ……うわああ‼︎」
ガッシリとシーラの身体を掴んだかと思うと、ジークフリートはそのまま彼女を抱き上げた。この禍々しい彼の雰囲気には見覚えがある。そうだ、熊を仕留めに行った時だ。
「ジークフリートさん⁉︎ 何を……」
「なぁシーラ」
「え、あ、は、はい……?」
よもや自分も息の根を止められるのかと命の危機を感じ始めた時、名を呼ばれてシーラは狼狽しながらも何とか答える。
「……助けてもらった礼、まだしてなかったよな?」
「れ、礼?」
ジークフリートが目を細めてこちらを見る。お礼という言葉で、どうしてこんなに嫌な予感がするのだろうか。そして何より、シーラは彼の青い瞳が今までで1番ギラギラして見えるのが怖かった。
「や、やだ、ジークフリートさん。お礼なんて、全然いらな……」
「……遠慮すんなよ」
「え」
にっこりとジークフリートが笑う。初めて見る彼の笑顔だ。見れたことに喜ぶべきなのに、シーラは冷や汗をかいていた。
「たっぷりしてやるから、覚悟しろよ」
「……ど、どうしてお礼を貰うのに覚悟がいるんですか?」
「…………」
「ジークフリートさん?ジークフリートさん?」
「…………」
「何で黙って…っていうか今からどこにっ、な、ちょっ、誰かー‼︎‼︎」
シーラの濃すぎる一日はまだまだ始まったばかりである。
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