1.パッとしないチラシ

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 ピピピ…ありがとうございます。またお越しくださいませ。  ピ、ピ、ピピ…783円でございます。お預かり致します…。    いらっしゃいませ…マスターズカードはお持ちでしょうか?  店内放送と音楽、レジの音、お客様の声、従業員の声が入り交じり、スーパー「マスターズ」の中で人が、物が動いていく。  向井は朝、白衣の上にエプロンを着け、その紐を結び、キャップをかぶって「おはようございます。」と言って回るのが好きだ。  準備をして、開店した店内に少しずつお客が増えていき、混雑してそれが去っていく大きな波のような感覚。売るべき商品が売れた安堵。  来るべき時期に向けて入ってくる商品で季節を感じ、本当に季節が巡ればすでに次を見ているせっかちなところも、スーパーの店員の面白さだと思っている。  好きだ、面白い、なんて言ってたら、主任からは抜け出せないんだろうけど。  仕事は好きだったが、重たい気分を4月から引きずっていた。去年は全月、予算以上の売り上げを維持したけれど昇進も異動もなかった。同じ店舗で同じ仕事の繰り返しだ。  今年も去年と同じような商品を集めたコーナーに「梅雨にはさっぱり気分で!」の看板を取り付けながら、向井はため息をついた。    これじゃ、つまんないな。  ドライフルーツのコーナーから柑橘系の商品を、お菓子のコーナーからスライスレモンを持って来て一緒に並べプラスカードを付ける。  後でPOPを付けたら、少しはパッとするだろう。店長に指摘されたら直せばいい。  お客様が一つ、ドライフルーツを手に取り、カゴに入れる。  ありがとうございます。と微笑んだ。お客様もチラと向井を見て少し口角を上げた。  向井は嬉しくて、そのまま笑顔で店内を歩いていた。  
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