我が青春歌 愛の人きみに捧ぐ

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「愛らしいッ!!」  廊下に叫ぶ声が激しく響き渡ると、瑠衣(るい)チヨは眉を怪訝そうに(ひそ)めた。 「(やかま)しい」  「黙ってはいられないのだ。きみの美貌のために」   見つめあって、チヨのしかめ面を目の前にした原田智博(ともひろ)は、こらえきれぬ感情の昂ぶりに、――泣いた。頬を急流の川のように勢いよく流れ落ちる涙。チヨはいよいよ、抱かれた肩をわずかに反らせた。 「奇人変人。へんてこりんな人間しかいないこの学校に転入したのが私の人生、唯一の汚点なのかもしれない」  「何を言うんだ。こうして晴れて恋の結びを果たした僕ら、華やかな笑顔を交わし合うのが当然じゃないか」 「陰キャだらけにもかかわらず校内男女交際率六割の学校での生活において、独り身の転入生として変に注目されたくないだけだもん」 「ツンに次ぐツン。デレの覗く暇のないきみの、――世俗的な言葉ではあるが“塩対応”。僕は嫌いではない」  チヨが智博との交際を受け入れた理由のうちに、智博のこの、なめらかな諭説的口調と豊富な語彙があった。彼の顔は人並みだった。 「白桃の頬。僕は生来、本物のこれを見たことがない」 「ありがとう」 「美貌の(やわ)らなり、日本和装のいと似合らむ」 「着る機会ないよ」  美少女はセーラーに身を包み、口癖は「うぶ」という。「うん」という返答のかわりにすべて「うぶ」と答えていると昨夜母に電話で、気持ち悪いからやめるようにと言われた。 「とにかく」  智博がまた口を開く。「きみの誕生日がやって来る前に、恋を結ぶことができて良かったよ。プレゼントを渡すからね。楽しみにしていてね」 「嬉しい!」 「ピンクのワンピースを着て、きみの故郷にも帰ろうね」 「ほんとに嬉しい。ありがとう」  心からの感謝を浮かべたチヨに、智博が首を横に振った。首を傾げるチヨに、右の人差し指を丁寧に立ててみせる。 「”ほんとう”」 「……本当」 「ほんとうに嬉しい。正しい言葉遣いを、ね」 「もう!」  チヨの笑顔は頬一杯にぱっと広がった。「イジワル」 「なにをー。僕はきみの恋人として、恋の相手を務めると同時、言葉遣いの指導を努めなければいけないのだぞ」 「わかってますようだ」  チヨが智博の腕から弾かれたように飛び出した。 「どこへ?」 「帰ろう。そろそろ言語指導見回りの先生たちが廊下を闊歩しはじめる時間だから、口うるさいこと言われちゃう前に、学校出ちゃお」  歩き出した彼女を追い、智博も足を踏み出した。 「学校出ちゃおう、だろう?」 「うるさいですようだ」   二人は駆け出した。 《《  帰ろう、我らが青春  二度と来ることのない今この時、なにゆえこれほど言の葉の制約の厳しく在るらん  育ちてあと、世に出て恥をかかずして言葉の習得は可なるか  しかして我ら言の葉の子、誇りもちて学道に励み  級友と愛はぐくみ 師弟の愛を重んずる  ああ言の葉 ああ言の葉    我らの愛 言の葉  》》 藤葉(とうよう)言の葉指導学園歌第一番  
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