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翌日のこと
「知ってる?数学の桜本先生、落とし物を届けに行って逮捕されたんだって。」
「えー、なにそれーー。落とし物届けたら逮捕されるってー。受けるんだけどー♪」
「知らないけど、落とし物を警察に届けにいったら逮捕って聞いたもん。」
「とりあえず、今日の数学は中止?やったぁ、ラッキー♪」
翌日、数学の先生が逮捕されたという話で学校中、大騒ぎだった。
緊急の全校集会なんかが開かれて、校長先生から「逮捕ではなく、事情聴取なので騒がないように」という話があったが、だいたい事情聴取って犯人や容疑者がされるやつだよねぇっていうのが、ミステリや刑事もののドラマでのお決まりだから、逮捕と何が違うんだっていう感じで生徒たちはざわざわしていた。
「中里センパイー、昨日のあれですよね?」
放課後、部室で新山が中里にヒソヒソ話しかける。
「ええい、そんな近くで息をかけるな。うっとおしい。」
「何があったのかなあ、あの後。僕たちも一緒に行けばよかったのかなあ。桜本先生、もぉ学校に来れないんすかねぇ。前科者っていうんでしたっけ?」
「お前なあ、あの後なんもなかったに決まってるだろ。そうじゃなかったら先生が例の落とし物を警察にもっていかないだろ。」
「あ、そうか。まあそういわれれば、そうっすよね。警察に落とし物を持って行ったんだから。」
「ちょっとは考えろよ、お前の脳みそは糠味噌なのか?」
「ひでーなあ。まあ自分の脳みそ、みたことないんでわかんないっすけど糠味噌じゃあないっす。」
「当たり前だ。糠味噌のほうがもっと役に立つしな。」
「全くセンパイって口が悪いっすよね。でもそういうのってツンデレっていうんすよね。」
「だれがツンデレだ。男にデレデレする趣味はないからな。」
「ちぇ。女の子ならデレデレするんすか。わかりましたよ。俺だってセンパイにデレデレされたくありませんし。」
「お前、俺たちのこと他のやつらになんて呼ばれてるか知ってるか。」
「なんすか?」
「テルテル坊ズ、だぞ。お前がそんな白いシーツみたいなの着てるせいだ。俺一人がマント着てるときはそんなことは言われなかった。」
「シーツじゃないっす。これはイスラムのですねぇガンドゥーラっていう服っすよ。、中東の石油のプロジェクトで単身赴任してる親父のお土産なんすよ。意外と涼しいんで気に入ってるんす。」
「そんなことはどうでもいいんだ。お前のせいでテルテル坊主ブラックとか言われるのは腹立たしい限りだ。」
「じゃあ俺はテルテル坊主ホワイトっすかー、なるほど。」
「なに感心してるんだよ。」
「そんなことより、先生、どうなっちゃうんすかねぇ。警察に逮捕なんて新聞に載っちゃいますよねえ。」
「逮捕じゃないだろ。なんか事件に巻き込まれたくらいしか、今のところは分からないがな。」
「あの男のせいですよね。」
「もちろんだ。ほかにないだろ。」
「で、あのケータイやカードケースを警察に持って行ったら逮捕と。あやしい白い粉はなかったですよねぇ。」
「お前、何考えてるんだ。」
「だって、たいていそういうのって麻薬とか絡むじゃないですか?ドラマなんかだと。警察24時なんかでもよくそういうの見ますよ。」
「あのなあ、それだったら本気で逮捕だろ。今は事情聴取だ。あの男が例えば殺されてたとしたら・・・。」
「え、先生が殺しちゃったんすか?うわあ、ネットニュースにでますね。緑ヶ丘高校教諭、殺人で逮捕。」
「ばか、そんなはずないだろ。だいたいなんで先生が、あの男を殺さなきゃいけないんだ。」
「そんなのわかんないっす。痴情のもつれとか。」
「あのなあ、どうしてそんな突拍子もないことを思いつくんだ。」
思いっきりため息をつく中里。
「だって火曜サスペンスなんかだと、たいてい痴情のもつれか金ですよ、殺人の動機なんて。」
「反論する気にもならんな・・・。」
「そりゃあ、先輩と違って俺のほうがそういうの見てますからね。」
見当違いに鼻を高くする新山。
「じゃあ痴情のもつれって線で。」
「好きにしろ。」
「きっと三角関係っすよ。ほら、事件の影に女アリってよくいうじゃないっすか。」
「それで?」
「だから一人の女をめぐって・・・。」
「で、あそこにあの男が転がってたのはなんでだ?」
「さあ?」
「お前なあ・・・。」
再び盛大に中里がため息。
「あ、例えばですよ、女と痴話げんかになって振られたショックで倒れてた。」
「よくそんなくだらないこと思いつくな。」
「想像力が豊かなんすよ、先輩と違って。」
「妄想力だろ、それをいうなら。だいたい恋敵が寝転がってたら親切に介抱なんかしないだろ。」
「うーーん、それはつまり女が二またかけてて先生はそれを知らなかった。だから三角関係とは気が付かなかったってのはどうっすか。」
「それで?」
「あの後、あの男に何かトラブルがあって殺されちゃったとしましょう。そこに殺された男の持ち物を持ってきた男がいて、警察は女がらみということで先生を逮捕・・・。」
「まだ逮捕って聞いてないぞ。それにだな・・・。」
「おう、お前たち、まだ帰ってなかったのか。今日は部活ない日じゃなかったか?」
背後から大きな声が聞こえたので、二人とも椅子から転げ落ちそうになった。
「なにやってるんだ、テルテル坊ズ。ブラック&ホワイト」
「せ、先生こそっっ。何やってるんすか、留置所から脱走していいんすかっ。学校に潜伏しに来たんすかっっ。」
「ばかやろ、だれが留置所だ。脱走もしてないぞ。帰っていいっていうから帰ってきただけだ。校長先生から聞かなかったのか、落とし物を届けに行って、場所やらどうしてそんなところにいたのかとか聞かれてただけだ。」
「じゃあ部活でフィールドワークでって・・・。」
「そこは誤魔化しておいた。お前たちを巻き込むのも悪いしな。」
「やっぱり三角関係・・・。」
「なんか言ったか?新山。」
「いえいえ、なんも。ご出所、おめでとうございますっっ。」
「お前なー、なんかドラマの見過ぎじゃないか?」
桜本先生もあきれ顔。
「先生、新山はほっときましょう。あの男、なんかの事件の容疑者とか手配犯だったのですか?」
「おお、中里。まあそんなところみたいだな。部活のフィールドの中で最近不審者を見かけたと生徒に聞いたので、見回りにいってあれを見つけたってことにしておいたぞ。」
「サギソウとザゼンソウの盗難の話も?」
「ああ、もちろんだ。貴重な湿原の植物や生物の話を延々として置いた。
」
「それで、長くなったんですね。」
苦笑いする中里。
「まあな。落とし物を届けて根掘り葉掘り聞かれたお返しだ。」
にやっと笑う桜本先生。
「で、先生、殺人事件の犯人は誰なんすか?」
「おいおい、だれが殺されたんだ。」
「あの不審者に決まってるじゃないですか。やだなー先生。」
「そんな話は聞いてないぞ。」
「なんかの容疑者か手配犯ですよね?」
「おお、中里。さすが、するどいな。」
「詐欺か転売屋あたりですかねー。」
「あー、その辺は言えないんだけどな。警察から口止めされてる。」
「まあスマホの画面ちょっとみましたから、おおむね察してますけど。」
「二人だけ分かってるって、なんかずるくないっすかー。俺にも教えてくださいよー。」
ずるいーずるいーーと騒ぐ新山。
「知らない方がいいと思うぞ。お前、口が軽そうだしなあ。下手に知ってると狙われるかもしれないしなあ。」
「狙われるって、誰から?」
「反社会系の怖いお兄さんたちだよ。」
「うわ、聞きたくないっす。そんなヤバい筋とお友達になりたくないっす。それじゃ、お先にっっ。」
ぴゅーーっと部室から出ていく白いテルテル坊主。
「それじゃ、僕も帰ります。」
「おう、気をつけて帰れよ。」
「大丈夫です、こう見えて古武術の師範なんで。」
「そうだったな。血さえ見なきゃ強いよなあ。」
「それは言わないでくださいよ。」
苦笑いしながら部室を後にする黒いテルテル坊主。
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