バス停

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バス停

部室で着替えることもあるのだが、たいていの生徒は第一期生たちの作った更衣室で着替えている。 バスが1系統しかなくて、しかも政令指定都市とはいえ東のはずれの端っこに近いところで原生林や湿地帯のあるようなド田舎にある高校。だからこそ、更衣室なんていうスペースが確保できたのかもしれない。要するに建築のためのコストが安く済んだ、というかもともとは別の学校だったのを転用しているから、創立から日が浅いわりにボロイ校舎ではある。公立の学校にしては自由度が高いので癖が強くキャラ立ちする生徒が多いが、不良というのは少なくて、どちらかというと逆に成績優秀な変わり者たちが多い。 なぜ成績優秀者が集まるかというと、1期生の男子の中に「どうしてもスカート着用を認めろ」という猛者がいて、それで校則が服装に関して大幅に変更され、「通学時は定められた制服を着る」ということと、「校内では上下いずれかは制服着用」ということさえ守ればいいということになったからだ。だからあとは自由にしろ、ということになったので緑ヶ丘高校に行けば、校内ではかなり自由なファッションができると知られてからは、希望者続出。当然、成績優秀なものが入る学校ということになったわけだ。学校側としては嬉しい誤算だったろう。 もちろん学校内ならメイクも自由というのもポイントが高い。どっちも普通の学校では御法度というか見つかったら退学だの停学だの、面倒なことになる案件。それをあえて、というか生徒に譲歩してのゆるゆるの学校内の規則ができること自体がほかの学校や世間の普通の大人からするとありえないことだろう。 大人というのは意外と「前例」と「目先の保身」が大事なので、なんとしても「自分たちの考える理想の高校生」という存在しない幻を無理やり押し付けようとして、結果全く効果がない締め付けのあげく非行に走る生徒や不登校が出て、逆に無駄なエネルギーを使う羽目になる。 それをぶっ壊す気概のある生徒というのも実にまれだし、生徒のいうことを聞いてみるかという度量のある先生方が、たまたまそろっていたことも幸いしたのだろう。ほかの学校でも真似をしようとする動きもあるようだが、今のところ追随するところはないようだ。 だからこそ「緑ヶ丘高校」は一種のブランドのようになって、年々成績が優秀な変わり者のいる学校というステータスを着々と確立しているわけだ。 さてそんな学校の制服に着替えて外に出ると、坂を下ってバス停だ。行きは登りだから帰りは下りでさぞ楽だろうと思えばさにあらず。一回走り出したら止まれないほどの急な下り坂。下手をすると転んでゴロゴロと転がりながらバス停まで止まらなかったという生徒がいるという噂があるくらいだ。誰かの冗談だろうと笑うやつもいるけど、あの坂道を走って下ると冗談じゃなく本気でヤバいと感じるくらいだ。 昔のアニメ映画でカリオストロの城というののワンシーンで、ルパンが屋根を駆け降りる、あんな感じになると思ってもらえればいいかもしれない。 何年か前にテニスボールが正門から転がり出た事件、なんていうのがあって語り草になっている。 かごいっぱいのテニスボールを持った新入生が正門近くでうっかりかごを落としたのでボールがざーーっと坂を転がってしまって、お察しの通り。坂の下のバス停当たりの側溝に次々と吸い込まれてしまったらしい。途中、車や自転車なんかがいなくて事故にならなくて幸いだったが、それ以来ボールを使う部活は正門付近を使用することは禁止になっている。卓球部なんかも体育館付近に部室を移動させられている。ピンポン玉がなにかのはずみで校外にでるのを減らすためだ。 逆にサッカー部なんかは、その上り坂を利用してのリフティングやドリブルの練習をしていたらしいが、それも禁止になってしまったという伝説の事件だ。 幸い文科系の部活には今のところ、そういう制限はないのだが転がりやすいものは、正門付近の運搬は禁止となっている。正門に入ればほぼフラットというか、いくらか奥に向かって緩やかに下る傾斜になっているので普通の運動するくらいなら問題はない。 運動部は着替えるのが面倒という理由で、登校するとすぐに制服から部活のジャージなんかに着替えていることも多いが、もちろん帰るときは再び制服着用。学校の行き帰りは制服着用をきちんとすることで、校内での自由を満喫できるということを生徒は分かっている。それが守れない場合は自主退学ということになっているから、生徒同士でのチェックも厳しい。 守ってないやつは「指導」という名前の軟禁をされて、コンコンと説教をされるという話だ。本当にそうなのか、試したい奴はやってみるといい。 この説教をするのは、もちろん先生ではなく生徒である。3年生がそういう不届きものに対して、第一期生のスカート男子の話を延々と話して先輩方の血と汗と涙を無駄にするのかと、それなら学校をやめろと迫るらしい。 それで反省すれば良し、3回やらかしたら即自主退学という誓約書を書かされる。たいていは1回で懲りるというのが、もっぱらの噂だ。だいたい嘘か本当かわからないし。試そうというやつも、まずいない。 なかなか厳しいが自由というのはそういうものである。 みんな「緑ヶ丘高校の自由」を求めて入ってきた生徒たちばかりなので、 その辺はあまり問題になることもなく、ただ今の新入生は10期生である。いわゆるLGBTで「普通の学校で女だ男だという区別を常に意識しなければいけない」状態が苦痛、という生徒も成績さえよければ入れる公立高校なので、必死に受験勉強に励んで成績を上げて入って来る。もちろん普通のノーマルタイプのほうが現実的には多いが。 だから新山も白いガンドゥーラから、ちゃんと制服に着替えてバス停に向かった。この時間は下校時刻だからバスも割と本数がある。とはいっても1時間に2本。バス路線の終点だからバスが早めにバス停に止まっていることもある。 新山はバス路線の途中で降りて地下鉄に乗り継ぐ。バスと地下鉄を乗り継ぐとぐるっとUの字になっているルートだから直線距離にしたら割と近かったりする。 だから自転車でも通えなくはないところに住んでいるのだが、バス通学がしたくてバスの乗れる学校を選んだという変な奴だ。もちろん緑ヶ丘高校に入れるだけの学力もあるわけだが。 しかし新山はなぜかバス停には着かなかった。 中里も新山と同じバスに乗って帰れる時間にバス停に着いたのだが、バス停には新山の姿がなかった。同じバスに乗る学生は30人くらい。ざっと見渡して、新山の姿がないのはわかったが、なぜか生徒の中にはリンゴやミカンを手に持ってるやつがいた。バス停わきの溝にはつぶれたミカンがあったので、誰かが坂から転がしたのだろうか。 更衣室は学年ごと、もちろん男女別にあるので姿を見かけなくても不思議ではなかったのだが、バス停にいないのは変だ。学校内でのスマホ等の使用は禁止だが、ここならいいだろうと中里は桜本先生に新山の姿がないということだけ伝えてバスに乗って自宅に戻った。 中里の家はバスの終点の穂積ターミナルから自転車で10分くらい。春なら桜並木の綺麗な川岸をママチャリでのんびりと走っていくと家に着く。 「あの不審者は一体、なにものなんだろうなあ・・・。ま、一般市民には関係ないか。」 家に着いてからスマホを見ると着信があった。 「桜本先生からか。」 新山にも一応、ラインは入れておいたが特になにも返ってきてない。未読スルーというのも珍しい。とりあえず先生に電話をかける。 「おい、新山が行方不明らしい。」 「先生、本当ですか?落ち着いてくださいよ。」 「行方不明っていうか、さらわれた可能性があるようだ。家にも戻っていないし、怪しい無言電話があったと母親がおろおろしていた。」 「冗談ではないようですね。」 「ああ、こんなこと冗談で言えるか。中里、お前も注意しろよ。」 「いまのところ、僕のほうは特に問題は・・・。ちょっと待ってください。玄関のかぎがかかってないし、なんか様子が怪しいです。」 「おい、中里。無茶するなよ。」 「わかってます。」 そーーーっとドアノブをひねってドアを一気に開け放つ。 「きぇぇぇぇいっっ。」 木刀で打ちかかってきた人影をかわして、ママチャリを盾にする。 かちーーんと硬い音がしてママチャリのベルが吹っ飛んでいった。 「おじいちゃん、危ないからやめてください。」 「ちっ、うまくかわしおったなっっ。おじいちゃんじゃなくて師匠と呼べっていっておるじゃろ。」 「それは道場だけですよね、ここは道場じゃありませんしっ。」 木刀がママチャリをバシバシと叩く音。 「おい、中里っっ。大丈夫かっっ。」 「あ、先生。大丈夫です。じいちゃんが来てただけでしたから。」 「いや、なんか乱闘してる雰囲気だが。」 「ああ、いつものことですし。それじゃ、またあとで。」 スマホに気を取られていると、木刀が目の前に迫っていた。 「スキありぃぃぃっ。」 「ええいっ、いい加減にしてくださいっっ。」 とっさにママチャリを投げつけると、じいちゃんはまともにくらって伸びてしまった。 「ああもぉ、ほんとに。こうなると厄介だからやめてくださいって言ってるのに。」 ぶつぶついいながら、中里は曲がってしまったママチャリのハンドルを直して、スタンドを立ててチェーンが外れてないかブレーキが壊れてないかチェックし始めた。 「やれやれ、ママチャリが丈夫な自転車で助かる。壊したら怒られるのは僕なんですからね。まったく。」 「か弱い年寄りを放っておいて、自転車のほうが大事かぁぁ。世も末じゃあ。」 「何言ってるんですか。なにがか弱いんですって?いい加減にしないと、おばあちゃんにいいますよ。」 睨みながらも、じいちゃんの弱点をつく。 「ふん、ばーさんに泣きつけばいいじゃろ。お前はいつもそうじゃ。人の弱みに付け込みおって。可愛げがないのぉ。」 「かわいげがなくて結構です。おじいちゃんも、すこしはかわいげのある年寄りにならないと誰も面倒見てくれませんよ。うん、自転車は大丈夫だな。」 吹っ飛んでいったベルも拾って取り付けて、ぱんぱんと手を払いカバンを自転車から降ろして家の中に入りながら思い出したように、振り返る。 「それより、ちょっとおかしなことがあって困っているんですよ。じいちゃん、県警本部に知り合いがいますよね?」 「ほほー、警察沙汰に巻き込まれているのか。いい気味じゃ。」 「僕じゃないですよ。学校の先生と後輩がちょっと。」 「なんじゃと、学校の先生が生徒と怪しいのかっっ。」 「そういう言い方をすると誤解されます。そうじゃなくて事件に巻き込まれているのかもしれないんです。」 「そういわれてものぉ。可愛げのない孫のいうことを聞く義理はないと思うがのぉ。」 鼻をほじりながら、ついでに耳の穴もほじって指に着いたものをしげしげとみて、ふっと吹き飛ばして知らん顔をする中里のじいちゃん。 「全く、だれに似たんですかねぇ。そのかわいげのないところは。」 「少なくともお前ではないの。」 はっはっはと、二人で白々しく笑いあう。 「やるか?」 「今度は手加減しませんよ。」 「何を言う、それはこっちのセリフじゃぁ。」 再び乱闘に・・・
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