スカート男子センパイ

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スカート男子センパイ

緑ヶ丘高校のOB、男子ながらスカートをはきたいとゴネたOBとして有名な須加和人(すが かずと)。いまは服飾デザイナーとして世界で注目されていて卒業生の中でもダントツ知名度が高い。いまの緑ヶ丘高校の校則の基礎をつくったといっても過言ではない、栄えある第一期生だ。 彼のブランドのロゴは〇のなかにカタカナの「ト」。 名前の和人を「わと」と読み替えて「輪ト」ということらしいが、海外でも「クール」といわれるブランドマークの一つとなっている。海外では「ワト」が言いにくいので「what」という呼び名で通るとか通らないとか。 ブランドバッグなどにモノグラムを散らすおなじみのパターンや時計の文字盤にも入れたり、イヤリングにもなっていて、なかなか人気らしい。もちろん、靴もコーディネートできるオリジナルのを作ってるから、トータルコーディネートも人気だ。 ある時はドラァグ・クイーンたちのファッションショーも企画し、大成功をおさめてハリウッドなどからも衣装デザインを依頼されるという話だ。ただし主力はミリタリーゴシックと呼ばれる、カッチリした制服に近いファッション。布をたっぷり使ったマントやスカートなどはファンが多い。翻るシルエットがほかのブランドにはないゴージャス感がファンを魅了してやまないらしい。「家で洗える」というのもポイントが高い。 ファッションショーではラストにデザイナーとしてスカート姿で現れることも多いので、それもニッチな方々に受けるらしい。 当然、男が履けるスカートというのも手掛けていて、一定の支持があるらしい。根強いファンというかニッチなところをせめて成功しているといっても過言ではない。まず自分が履きたくなるスカート、というのがコンセプトだから自撮りでモデルも務めている。まあまあの長身だから見栄えもする。欧米のスカート男子たちにもお得意様がいるということだ。 イギリスのスコットランドは、もともと男がスカートをはいていた土地ということもあって、かの地では名誉市民になっている。新しいスコットランドのファッションとしても受け入れられつつあるらしい。 名誉市民として訪問したときは、敬意を表してバグパイプの演奏にも加わらせてもらったらしい。もちろんその前にしっかり特訓をして、恥ずかしくない演奏ができるようにしておいたので地元のスコットランド人たちからヤンヤの喝さいを浴びたというのもネットニュースなどで取り上げられていた。 数え上げればきりのない話題満載のOBだ。 もちろん低身長の男子にも履けるスカートやマントもある。そう、中里のマントもこのOBのブランドだ。ただ中里はスカートをはく趣味はないようだが。 女子のミリゴスも人気がある。コスプレイヤーと勘違いする向きもあるが、これはあくまでもオシャレなファッションの服なのだ。だから「コスプレ」と一緒にされると須加は機嫌が悪くなる。 「うちの服とコスプレの区別のつかないやつは、うちの服を着ないでいただきたい。」 そんな書き込みをして物議をかもしたこともある。なにしろ何か言ったりやったりするだけで世間が放っておかないタイプの人間なのだ。炎上商法と揶揄されることも少なくないが、本人はどこ吹く風。炎上、上等っっという見えを切ったのも、また炎上の元。おかげで知らぬ者はいないデザイナーだ。 そんな須加が学校に現れたから、後輩にあたる女子も男子もビックリ。もっとも部活も終わって帰ったものも多い時間だったから、目撃した生徒は少なかった。迷いなく校舎の中を突っ切って生物部の部室に入る須加。 「桜本先生、お久しぶりです。」 「おう、須加。いや、須加先生って呼んだ方がいいかな?」 「いえいえ、須加でお願いします。先生なんて呼ばれるの好きじゃないんです。」 「相変わらず決めた格好してるなあ。」 「どうも。ありがとうございます。先生もお変わりなさそうで、何よりです。」 くるりと回って、たっぷりのすそをひらっと翻してオーバーなポーズをとる須加。 「ゆっくり話をしたいところだが、今ちょっと取り込み中でな。」 「なんか問題を起こした生徒でも?」 「いや、問題を起こしたのか、問題に巻き込まれているのか、よくわからないところなんだが。」 「なんかお役に立つことがあったら、何でも言ってくださいよ。僕は先生に借りがあるんだから。」 「お前って意外と義理堅いなあ。あんなこと、教師としては当然だから気にするなって言っただろ。」 「そういうわけにいきません。僕がこの世界でやっていけるのも、さかのぼったら先生のおかげですし。」 「おいおい、今の成功は須加の努力と才能だ。俺は関係ないぞ。」 「関係ないとか言わないで下さいよ。とにかく、僕の気が済まないんですから。」 「わかった。なんか力を借りることがあったら遠慮なく言う。それでいいか?」 「きっとですよ。僕が学校で孤立していたときに、手を差し伸べてくれた恩は忘れませんから。」 「まいったな。まあいいや、お前の気のすむようにしろや。とりあえず、今から中里のところに行かなきゃなんだよ。生物部の今の部長だ。マント着てるから、お前と話が合うかもしれんな。」 何気なくいったが、意外な反応が。 「ああ、中里って僕のお得意様ですね。マントを色々と買ってくれてます。須加センパイのマント、最高ですってファンレターもくれましたよ。」 「お前のところのマントだったのか。なるほどなあ。」 「じゃあ、僕の車で送りましょうか?」 「いや、バイクで来てるからな。車に乗せてもらったら、バイクをとりに来ないといけなくなるから面倒だし。だいたい送りましょうかって知ってるのかよ、中里のうち。」 「ふふふ。まあいいじゃないですか。それじゃ、中里君のところで。」 「いや、なんでお前が来るんだ。関係ないだろ?」 「なんか面白そうなにおいがするんで。」 くすくす笑う須加。 「かってにしろ。」 「はい、勝手にします。」 桜本先生は駐車場に行ってバイクのエンジンをかけてメットをかぶってグローブをはめる。その間に須賀のスポーツタイプのオープンカーが正門横の駐車場から、さっさと坂を下っていくのが見えた。 「あいつ、中里の家ってわかってるのか?ああ、お得意様っていってたなあ。住所さえわかればナビが教えてくれるってわけか。ふん、バイクをなめんなよ。」 大人げなく、競争する気満々の桜本。 「いくぞぉ。」 どるるるぅんと低いエンジン音が声をかき消し、桜本のバイクは正門とは逆の裏手から走り去る。車には通れない細い山道を突っ切って、中里のうちへの最短コースを抜ける気だ。 「良い子は真似をしないでね」っていうテロップの入りそうな藪の場所を突っ切って、一般道に躍り出ると体中に小枝や枯れ葉、蜘蛛の巣が体のあちこちにくっついている。人がいたら間違いなく「未確認生物」だと思われたに違いない。幸いほとんど人通りも交通量もない細い舗装道路なので、人も車もいない。桜本先生も分かってそういう場所を選んでるのだが。 「ここから中里のうちは、5分くらいだな。」 襟元や袖口に挟まった小枝や葉っぱを吹っ飛ばす勢いでバイクを走らせる。口元はフルフェイスなので問題はないが、首のあたりがチクチクするのは、何かのかけらが入り込んだのだろう。 「ふふん、絶対に俺が先だな。」 そう思って中里の家に着いた時だった。 物陰から飛び出した人をすんでのところで避けて、タイヤをずざっと地面にこすらせてターンをし、危ういところで体勢を立て直した。 「おい、アブねぇじゃねぇかっっ。・・・って中里、お前なにやってるんだ?」 チャリンコを盾のようにして現れた中里、それに向かって飛び蹴りをしようと構える白髪の老人。 「じいちゃん、ほらー先生来ちゃったし。もぉやめようよ。」 「何を言う、だれが来ようと勝負がつくまでやめんぞっっ、それに師匠と呼べっっ。」 「わかったわかった、師匠。僕の負けでいいですから。」 「なんじゃその口の利き方はっっ。」 にらみ合う二人の気迫にあっけにとられる桜本。 「あ、あのぉ、ちょっといいですか。」 「先生、このじいちゃんひき殺しちゃってくださいよ。そうしないと、いつまでたってもキリがない。」 「中里、お前意外と物騒なことを平気で言うな。」 あきれ返る桜本先生。 そこに須賀の車が突っ込んできた。ひらりとかわす中里のじいちゃん。 「お久しぶりです、師匠。相変わらずお元気そうで何より。」 ひき殺しそうな勢いで突っ込んできた割にはしれっとあいさつをする須賀。 「おお、スカート君。久しぶりだな。」 「須加ですよ、スカートじゃなくて。まあいいですけどね。」 長身の須加が車から降りてくると、ボンネットに上がったじいちゃんがハグをせんばかりのご機嫌な顔になってる。さっきまでとは大違いだ。 君子豹変するってこのことか。昔から、須賀センパイのことを気に入ってるからなあ、じいちゃん。須加先輩もじいちゃんのはかま姿をみて「かっこいい」と思ったのが、きっかけでスカートをはいて暮らすんだと決意したらしいし。世の中、色んな趣味の人間がいるもんだ。 僕はスカートには興味ないけど須加先輩の作るマントが気に入っちゃったから、中里家は須加先輩には縁があるのだ。時々、日本に帰ってきたときにはうちに必ず遊びに来るし。今日もそうなのかと思ったけど、桜本先生もいることだし、新山のこともあるし、須加先輩をあんまり面倒に巻き込んでもまずいだろうなあ。須加センパイ、忙しい人だから。まあとりあえず、先輩のおかげでじいちゃんの暴走が止まって助かった。 須加のおかげで、場が丸く収まったらしい。よくわからない成り行きだが、さっきの物騒な雰囲気に比べればマシだな、桜本先生はそんなことを思っていた。 「なんだ、須加も中里のじいさんの弟子なのか?」 「そういうんじゃないんですけど、師匠って呼ぶのが好きなだけです。」 「相変わらず変わってるな。」 ぼそぼそつぶやく桜本先生。先生に言われたくないですよと返す須加。 「それより先生、木の枝が頭から生えてますよ。どうせ僕より早く着きたくて山の中を突っ切ったんでしょ。先生もいい加減、変わりませんね。」 「うるさいな。バイク乗りはみんなこんなもんだ。」 「はいはい。あんまり無茶しないでくださいよ、学校の先生が事故ったりしたらマスコミのいい餌食ですからね。」 「わーったよ。うるさいな。そんなことより、新山のことだ。それから裏山で転がってた男も気になる。」 「一体、なんのことじゃ。面白そうだな。」 「じいちゃん、面白がってる場合じゃないかもしれないんだよ。裏山で転がってた男と新山が消えたのは関係あるのかわからないけど。」 「新山って、お前の後輩じゃな?」 「行方不明なんですよ、だからじーちゃんのコネで県警本部を動かしてもらおうかと思ったんだけどな。」 「お前の頼みなんか聞いてやらんぞ。」 「まあまあ、師匠。僕の顔に免じてお願いしますよ。」 須加が間に入ると、仕方ないなという顔になって家の中に入っていった中里のじーちゃん。 「新山は学校の前の一本道の坂を下ってバス停に行くまでに何かあったんだろうな。学校内で消えることはないだろう。制服に着替えてカバンも持っていたはずだ。」 「チェックしたんですね、更衣室や教室。」 「もちろんだ。校内に残っているなら問題はないからな。残っていてほしかったよ、まったく面倒なことになってきた。新山がこのまま見つからないとえらいことだ。」 「ああ、マスコミにバッシングされたりつるし上げられたり・・・。」 「そんなことはどうでもいい。あいつに貸したものが返ってこなくなるのが問題だ。」 「何を貸したんです?ああ、まあわかりました。あれですね、うん。」 須加がうんうんと頷く。 「そうだ、あれだ。ボカロの弥生ちゃん。」 「全く、相変わらずヲタやってるんですねぇ。」 「お前にいわれたくないわ、須加。」 「で、裏山に転がってた男ってなんなんです?」 「とりあえず、家の中に入ってください。センパイの車は路駐してると取り締まりに引っかかるから、向こうに止めてもらえますか?」 中里の家は道場もあるので駐車場も完備しているが、今いる玄関からはなれた裏側だ。 「駐車場にいれたら、庭を突っ切ってこっちに来てください。」 わかったというように手を振る須加。毎度来ているので、勝手知ったる他人の家。 須加とじーちゃんに昨日の出来事を一通り話し終える。その間、中里のじいちゃんは暇そうに鼻をほじっていた。中里は、お茶の用意をしたりお菓子を出したり忙しそうに台所と居間をいったり来たり。 「そういえば、バス停の近くにへしゃげたミカンがあったり、女子たちがリンゴやミカンもってましたけど、なんか関係ありますかね?」 「そうだなあ。まさかリンゴやミカンの入った袋を持った美少女とぶつかって恋に落ちた、なんていうべたな少女漫画みたいなことはないだろうし。」 「あそこでですか?あんなところでミカンやリンゴ転がしたら、えらいことになりますよ、須加先輩。ああ、でもたしかに坂を転がってきた感じの傷み方をしてましたね、ミカン。」 「だいたい恋に落ちたからって、いなくなるのはおかしいじゃろ。」 「須加先輩がロマンチストだっていうのはよくわかりました。それにしても新山はどこに行っちゃったんでしょうね?」 「それがわかったら、問題はない。」 「その通りです、失礼しました桜本先生。」 「おい、啓介、せんべいもっとないのか。」 「じいちゃん、食べすぎだよ。先生や先輩の分まで・・・。」 「いいから持って来い。腹が減っては戦はできん。」 「別に戦するわけじゃないけどな・・・」 ぶつぶついう中里。 「なにをぼそぼそいっとる。男なら大きな声で言わんかっ。」 「はいはい、わかりましたよ。ちょっと待っててください。あ、お茶も冷めちゃいましたね。いま入れなおしますから。」 古武道の師範なのに意外とまめまめしい。 中里が奥に引っ込むと、じいちゃんのスマホに着信があって何か話していたと思ったら、今から警察署に行こうと言い出した。
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