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新山
くぁぁぁ、ぷしゅるるるる・・・・
なんとも気の抜けるような音が聞こえる。
数時間前のこと、緑ヶ丘高校の正門を出ようとした新山だったが人にぶつかって、その人が持っていた袋からリンゴやミカンが転がりだしてしまった。
「ああああ、すみませんっっ。」
あわてて拾おうとするも、なにしろ「ベタふみ坂」。いったん転がりだしたものを止めようとするのは至難の業。必死に追いかけている間に、転んだのだろうかどこかに頭をぶつけたような衝撃があって気を失ったのだった。
「まだ寝てる・・・。いつになったら起きるのかな。困ったなあ、聞きたいことがあるのに。」
ため息をつく女の姿。
「まあいいか、おとなしく寝ててくれた方が。そのうち起きるでしょ。その間に、お仕事お仕事。稼がなきゃねー。」
スマホで珍しい植物の販売サイトにアクセスして、持ってる植物の写真をアップして値段をつけておけば、欲しい人から連絡が来てお金が払い込まれる。今は仲介会社が間に入って、荷物が到着したらお金を入金するシステムのところが多い。注文主からの到着の連絡や宅配業者の配達しましたという連絡が確認されないと入金されない。
「今日の入金はっと。うん、よしよし。まあまあね♪。」
そこに部屋のドアをコンコンとノックする音がした。
「はあい、どなたー?」
「すみません、郵便局のほうから来ましたー。」
「あら、なんだっけ。何か宅配、頼んだっけな・・・。ちょっとおまちくださーい。」
立ち上がってドアを開けたら、そこにいたのは宅配の郵便局員じゃなくて警察官だった。あわててドアを閉めようとしたが、場数を踏んでる警察官らしく、足を突っ込んで閉められるのを阻止した。
「浦原さんですね?ちょっとお聞きしたいことが・・・。お部屋に入らせてもらってよろしいですか?」
「あっ、ちょ、ちょっと。あのっ困りますっっ。誰かーーおまわりさんーーー。」
「あの、我々がおまわりさんですから。」
「あのっ、あのっ、私っっ別に何もしてませんっっ。蛇で脅かそうとしただけなのっっ。」
顔を見合わせる2人の警官。
「とにかく、署まで来てもらいましょうか。あの少年は誰だ?」
「あっえっと弟ですっっ。」
「ちょっと待て、行方不明になってる学生じゃないか?」
「あの、違うんですっ。これにはワケがっっ。」
「はいはい、じっくり聞かせてもらうから一緒に来て貰うよ。」
「うわぁぁん、私じゃないもんーー。死んだのは私のせいじゃないもんーー。」
「大声で泣きわめく女」をなだめすかしてパトカーに押し込んで、グーグー寝ている少年も、ほかの警官の応援を頼んで保護してもらった。
実は、あの男は蛇にかまれて朦朧とした状態のところを運よく通りかかった宅配便に拾われて病院に搬送されていた。うわごとのように「蛇、蛇が・・・」って言っていたので血清を打って治療中だが、助かるかどうかは五分五分という医者の見立てだ。身元不明ということで警察に照会したところ、たまたま落とし物の持ち主らしいということで警官が2人ばかり容態を聞きに来た。ところが事情聴取なんかのできる状態ではないと知っていったん帰っていったものの、再び今度は目つきの悪い「刑事」っぽいのがやってきて交代で病室を見張るということで病院に許可を取りに来た。
最初、宅配便の運転手は男がふらふらっと前に飛び出してきたので、慌ててブレーキを踏んだが、てっきり轢いてしまったと真っ青になりながら救急車を呼び会社に半べそ状態で連絡を入れたり、警察をよんだりして救急車がついたときは、救急隊員が救護するのは運転手かとおもったというほど、真っ青な顔でぐったりした様子だったらしい。会社からは保険屋と一緒に上司も飛んできていた。
運転手は上司に声をかけられたとたん、ぽろぽろ泣きだして警察が来た頃には泣きじゃくってて事情聴取もままならない状態だったが、現場検証や病院に搬送された男に轢かれたような外傷がないということがはっきりしたとたん、今度は腰が抜けてしまって動けなくなるという、すったもんだがあった。
会社の上司も保険屋も、事故じゃなくて逆に具合が悪くて倒れた人を運転手が救護したということになったので、一安心といったところだったが配達員が働けるような状態じゃなさそうだということで急遽、上司が残りの配達を引き受けて、配達員を保険屋に預けて会社まで連れて行ってくれるように頼んだ。警察は事故じゃなかったので、特に運転手には何も聞かずに帰したのだが、後から救護した男が詐欺などの容疑で手配中の容疑者ということで、がぜん色めき立って再び運転手を呼び出して事情聴取をするということになった。
その一方で今度は学校の生徒が行方不明という情報が入ったものだから、
緑ヶ丘高校の周りが急に物々しくなったのだったが、急転直下、少年が見つかったという一報が入ったのだった。
「一体、何があったんですか?」
まず発端となった落とし物を届けに来た桜本先生が警察に呼ばれ、実は生徒二人と裏山に行ってフィールドワークと不審者が湿原をあらしに来ていないか見回りに行った途中にスマホとカードを見つけたということを主張した。先生は、あくまでも落とし物としてしらを切りとおすつもりだった。
「湿原の貴重な植物を勝手に掘って売り払ってるやつがいるようなので、
フィールドワークを兼ねてパトロールをしていたら、スマホとカードケースが落ちいてたから拾って届けた。それだけですよ。」
「ほかに何かありませんでしたか?そのぉ例えば不審な人物を見かけたとか。」
「残念ながら。見つけてたら警察に連絡して確保してもらいましたよ。」
「そうですか。まあそういう通報があっても、我々が行くかどうかは微妙な案件ですけどね。」
「正直ですなあ、おまわりさん。」
「いえ、まあ市民の通報があれば行くのは建前ですがね。特に緊急性がない場合はどうしても・・・。」
頭をかく担当の警察官。
「しかし絶滅危惧の植物の乱獲は生物多様性の観点からも・・・。」
コンコンとノックがあって、先生の熱弁が中断された。
「あの、コーヒーをお持ちしましたので。」
「おお、これはありがたい。かつ丼っていうのは無理だろうと思ってたけど、今はコーヒーが出てくるんですなあ。」
「どうぞ。砂糖とミルクは?」
「あ、おかまいなく。ブラックでいきますから。」
「そうですか。私はどうも砂糖とミルクがないとだめでしてね。インスタントなんで美味しくはないと思いますが、遠慮なくどうぞ。」
「いやいや、美人の女性が運んできてくれたら何でもおいしいです。」
「あら、そういうのもセクハラになるご時世ですよ。ま、見逃して差し上げますけどね♪」
にっこり笑う女性警官。
「これはこれは。美人を美人というとセクハラになるとは知りませんでした。以後、気をつけますので。」
「ふふふ。冗談ですよ。では、ごゆっくり。」
「そんなにゆっくりするつもりはないですけどね。あなたにそう言われると、ゆっくりしてもいいかな。」
女性が出ていくと担当の警察官が感心したようにいう。
「先生、なかなかのプレイボーイですね。あの人が笑ったところなんか私ゃ見たことがないですよ。びっくりしたな。」
「とんでもない。未だかつて女にもてたことなんかないですよ。」
「またまたご謙遜を。」
コーヒー飲みながら雑談タイム。
「まさか先生、LGBTじゃないですよね?」
「そういう趣味もないですがね。ノーマル一直線ですよ。」
「なにしろ緑ヶ丘高校は変わった・・・いやなに、個性的な学校と聞いてますからなあ。」
「おや、地元の人じゃないんですね。」
「ええ、こちらに転属されたばかりで。まだ右も左もわからない新参者です。」
「地元の人なら緑ヶ丘高校と聞いただけで、ちょっと引く人もいますからなあ。ははははは。」
「なんでも学校内は服装が自由とか。」
「もともとはバス停から学校までの坂道がきつくて汗まみれになるからっていうことで、着替えをしたいってことから始まったんですけどね。それに自由って言っても上か下は必ず制服着用ですからね。」
「そうなんですか。いやあ、聞いた話だと黒いテルテル坊主と白いテルテル坊主のコンビがいるっていうから、てっきりどんな格好しててもいいのかなと。いや、ちゃんと聞いてみないと誤解するところでした。」
思わず苦笑いする桜本先生。そこは正しいんだけどなあ、まあ訂正しなくてもいいだろうとだんまりを決め込んだ。
「それでスマホとカードケースを拾った場所ですが・・・。」
「湿地帯に入る手前ですよ。もう少し行くと湿地なんですが、道路に水のしみだしているポイントがありましてね。そこで飛んだり跳ねたりすると水が下から湧いてくるんで・・・。」
「そういうことじゃなくてですね、なぜあの人物は蛇にかまれたか。」
「え、蛇にかまれたんですか。あの・・・持ち主?」
うっかり「あの男」と言いそうになって言葉を飲み込んだ桜本先生。
「あの辺りはマムシがいますから、そういう話もしてたんですよ、一緒に行った生徒に。」
「そうでしょうなあ。ところがマムシ注意の看板がなかったんです。」
「そういえば・・・あの時、学校から裏山に行くルートの途中に看板があるはずなのになかったな。草に隠れてるんだろうと思ったんだが。」
「そうですか。その時点でなかったんですね。」
ふむふむと頷きながらメモを取っている警察官。
「しかし、あんな看板があったってマムシが看板のところにいるわけじゃないんだから関係ないでしょ。」
「いや、蛇の嫌いな人があの看板見たらどうです?」
「そりゃあ・・・そんなところに行くのは嫌でしょうね。」
「ですよねぇ。あのスマホの主は、蛇嫌いで有名だったみたいなんですよ。道路にひもが落ちてるだけでも、真っ青になったという話です。」
そういうやつ、うちにもいたなあ。血を見ただけで真っ青になって死ぬっていうのが。
「もし落とし主が不審者で湿地帯の植物をとっていく不届きものだとしたら、マムシ注意の看板のある所なんかに行きたいと思わないでしょうね。」
「ですよねえ。私もそう思うんですよ。ところが看板はなかった。」
「ふーーむ。誰かが故意に看板を隠した?いや、結構ボロボロの年代物の看板だったから、そうとも限らないか。風で倒れたかもしれない。私なんか草で隠れてるんだと思ってたくらいですからな。」
「だから何も知らない落とし主は平気であそこまで行った。」
「なるほど。いや、スマホとカードケースは別の人物があそこに落としたって可能性は・・・。」
「まあそれはなくはないでしょうけど、いまのところ落とし主の指紋とあなたの指紋くらいなんですよ、はっきりと出てるのは。それに蛇にかまれて担ぎ込まれた男の指紋とも一致してる。」
そういえば落とし主を特定するためと言われて、この事情聴取の最初に指紋をとられたんだったな。
「手袋をしてれば指紋は出ませんが、この時期ですし手袋してるってあんまりなさそうですし。」
「いやあ、そうでもないですよ。フィールドワークなんかでも軍手は必須です。夏でも長袖長ズボン着用するのが普通です。それにうちの学校のあたりって畑もあるから意外と軍手使ってる人もいますからね。たまに片手だけの軍手が落ちてることもありますし。」
「ああ、そうなんですか。ふむふむ、いや勉強になります。さすが高校の先生ですな。」
「いや、それは関係ないですよ。だいたい僕は数学専門ですから。」
「おお、数学ですか。どうりで頭が切れる方だと思いましたよ。私なんぞどうも数学は苦手で。教科書ひらくと眠くなるタイプでしてね。」
「そうですか。じゃあ数学の話でもしましょうか。」
にやっと笑う桜本先生。
「それはご勘弁ねがいたいですね。すぐ寝てしまいますし。仕事中に寝てたらまずいでしょう。」
笑いながらも顔には「やめてください」と書いてある。
「いやいや、僕の授業で寝てるやつなんかいませんよ。」
「そりゃあ緑ヶ丘は優秀な生徒ばっかりだと聞いてますよ。そういう人たちとは頭の出来が違いますから。」
「いやいや、その辺の先生の授業と一緒にしてもらっちゃ困りますよ。僕は教科書なんか使いませんからね。」
「え、教科書使わないで授業をするんですか。さすが緑ヶ丘は違いますねぇ。」
「だから、そういうことじゃなくて。優秀だとか関係ないですよ。面白かったらやるでしょ。例えばスマホでゲームやったことありませんか?」
「そりゃあ、ありますけど。」
「ついつい延々とやっちゃうでしょ、ゲーム。」
「はあ、そりゃあまあ。」
「あれは面白いからですよね。負けてもやりたくなる。いや、負けたら余計に次は勝つぞってなりませんか。」
「たしかに。」
コンコンとノックの音がして、再び女性警官が入ってきた。
「失礼します。コーヒーのお替り、お持ちしましょうか。ずいぶんとお話が弾んでますね。」
「あ、これはどうも。いや、もぉ帰ってもいいですかね?明日の授業もありますし。」
「そうですね。今日はこれくらいで。またお聞きすることがあるかもしれませんが。」
「では、失礼します。コーヒー、ごちそう様。」
警察署から出てバイクにまたがって、スマホを見ると着信がいくつもあった。
「中里か?ああ、いま警察署から出たところだ。。わかった、そちらに向かえばいいんだな。15分くらいで着くだろう。あはは。変なところを突っ切ったりしないで、ちゃんと道路を走るから心配するな。こんなところで切符きられたくないしな。それじゃ、あとで。」
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