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不審者は詐欺師
警察は落とし物で届けられたスマホが詐欺容疑で手配中の男のモノだとわかったので、交友関係を割り出して事情聴取という形で一人ずつ絞り上げた。
詐欺といっても今どきの「振り込め」や「オレオレ」ではなくて結婚詐欺という、ある意味古典的なやつだったので、被害者はもちろん女性ばかり。中には見かけは女性、体は男というのも混じっていたのが今どきといえば今どきかもしれない。
その一人というか、直近で連絡を取った人物にまず当たって見たらビンゴ。しかも新山もそこにいたので、事件は全部解決してしまった。
「うわぁぁぁん、私、詐欺だってわかってたわよぉぉぉ。でもっでもっ、私と結婚してくれるならって、ひっく、私が男だってわかってもっ優しかったのよぉぉ。だからっだからっっっ、彼のためにお金を作りたかったのっっ。でもでもっ、最近冷たくなってきたから、ひっく、ちょ、ちょっぴり脅かそうと思ったのっっ。それで蛇のおもちゃで脅かしたら、バッタリ・・・・。死ぬなんて思わなかったのぉぉぉ。えっえっえっ、えぐっひぐっ・・・」
「いやいや、死んでないから。いまんところはな。で、おもちゃの蛇で脅かしただけだっていうのか。蛇にかまれてるんだぞ?」
「しっ、知らないわよっっ。私が蛇のおもちゃを目の前にばッと出したらひっくり返っちゃって、ふざけてるのかと思ったけど白目むいちゃってたしっっ。わ、私っっこわくなって・・・。ほっ、ほんとに彼、生きてるの?」
「ああ、まだ危ないらしいがな。だいたい、なんであんなところに行ったんだ?何もないところじゃないか。マムシはいるらしいがなあ。」
「あっあそこにっ、私の好きなお花が咲いてるところがあるのっっ。綺麗な白い花でっ・・・。」
「で、それを高額で転売してたのか。」
「そ、そうよっっ。彼にお金渡したかったんだもんっっ。わぁぁんっっ」
やれやれというように首を振る警察官。
詐欺容疑で手配されてた男の交友関係で引っかかってきた女たちは、一様に「彼に貢ぐために」惜しげもなく色んなものを売ったり稼ぎを全部つぎ込んだりしていた。しかも「詐欺だと思ってた」女も何人もいたが「それでもいいと思ってた。」「後悔はしてません。」というばかり。
「そんなにハンサムってわけでもないのになあ。なんであんなのがいいんだ。俺には分からんよ、女って。」
ため息とも愚痴ともつかない言葉を吐き出す警察官。
新山は、交友関係を洗い出しているうちに引っかかってきた浦原レイというLGBTのところにいた。サギソウやザゼンソウなどを高額で売り払っていたのも浦原だった。浦原のところにいた新山は、ぐうぐう寝ていたので、すわ薬でも盛られたのかと警察官たちは色めき立って病院で検査をしたが、何のことはないただ寝ていただけだった。
医者や看護師たちにゆすぶられて、ようやく目をあけた新山の第一声がこれだ。
「あれえ、なんなんすか?ふわぁああ、なんかよく寝たなあ。えーと、ところでここは?お医者さんとおまわりさんがいるって・・・」
その場にいた警察官たちが、みんなあきれるほどの無頓着というか肝が据わっているというか。しかし一応、病院で検査されて後頭部の打撲があるということだったので念のために1日、検査入院となった。
検査入院している間も、ほぼ寝ていたらしい。あまりにも寝ているので医者が心配して脳波をもう一度検査したくらいだったが、検査中も寝ているものだからバイタルもしっかりとられながらだったらしい。しかし単に寝ているだけというデータが出て医者が首をかしげていたという話が看護師たちの間でもちきりだったとか。おかげで「眠れる森の新山君」「三年寝太郎」「新山善逸」というのが看護師たちの間のあだ名になるくらいだった。たった一日の検査入院でそこまで話題になるやつも少ないだろう。
後頭部の打撲も検査しても特に何もなくてたんこぶができていただけなのと、膝小僧の擦り傷のみなので、翌日には無罪放免、即退院となった。親も1度は病院に駆け付けたものの、ぐうぐう寝てる姿を見て「いつものこと」と帰っていった。
小学生のころ学校の先生から「授業中ずっとねてます」というのを聞いて親も心配になって精密検査をしてみたところ「問題なし」といわれたので、別に成績も悪くないし健康体なので気にしないようになったらしい。
「そういえば、あいつだけだなあ。俺の授業で寝てるやつは。」
桜本先生も一度、新山の顔を見に来たが寝てるだけだし検査もしたが大したことはなさそうだということで、すぐに病院からでてきた。
「寝てる方が頭に入るからって、嘘だろと思ったけど実際にテストの点は悪くないし、余白に授業中の俺のジョークが詰まらないからよせ、なんていうことも書いてるし。寝てるとしか思えないのに変な奴だよな。」
ぶつぶついいながらもヘルメットをかぶってバイクに乗る。
「さてまた警察署に行かないとなあ。今度は須加が弁護士連れて容疑者というか詐欺の被害者に会いに行くっていうし。あいつも変わってるのは昔ながらだが、なんでまた・・・。まあいいか、行きゃあわかるよな。」
どぅるるるんっとアクセルを吹かせて、病院から警察署に向かう桜本。
そのころ警察署には須加が弁護士と一緒に詐欺の被害者でもある浦原レイに会いに来ていた。
「浦原、久しぶりだなあ。相変わらず綺麗だな。」
「あ、須加君。なんでここにいるの?海外にずっといると思ってたよ。」
「浦原を探しに来たんだよ。今度のファッションショーに出てもらいたくて。それで日本に来てみたら、まさかなあ。詐欺にあったんだってな。」
「そ、そうなの・・・結婚詐欺・・・。」
蚊の鳴くような小さな声になる浦原。
「お前って昔から、ちょっと優しくされるとくらくらッときちゃうやつだったもんなあ。」
「そっ、そんなこと・・・。」
真っ赤になってうつむく浦原。
「まあいいや、とりあえず弁護士つれてきたから。なんとか情状酌量とか、執行猶予とかつけてもらって、ファッションショーに出てくれよ。」
「え、ほんとにわたしが須加君のファッションショーに出てもいいの?」
「ああ、今度のは浦原に着てもらいたくて作ったんだ。」
「うわぁぁぁん、須加君ーー。嘘でもうれしいーーー。」
再び大泣きする浦原。
立ち会っている刑事があきれたように見ている。見かけは女、体は男な浦原と、スカート履いた須加の取り合わせはだれが見ても不思議な光景にしか見えない。
「あのねぇ、この人は一応暴行容疑があるし、しかも緑ヶ丘高校の生徒を拉致監禁してるからね。あとはえーとなんだったかな、ああ、そうそう絶滅危惧種の植物を勝手に採取販売したっていうのもあったな。悪いけど、すぐに返すわけにはいかないから。」
警察官としても面会だって異例なのに、そんな勝手な真似をされても困るので須加にくぎを刺した。
「新山っていう生徒ですね、拉致監禁の件に関しては。そっちは示談っていうか、向こうから嘆願書出してもらいましょうか。」
ひそひそと弁護士が耳打ちしてくる。
「先生に任せるよ。僕はね、浦原がファッションショーに出てくれるならなんでもするよ。」
「なんでもするってねぁ、あんた。法律は守ってもらわないと。とにかく面会は終了だ、はいはい、外に出て外に出て。」
「浦原、また来るから。元気出せよー。」
「須加君、ありがとう・・・。こんな私のこと気にかけてくれて。私、須加君が来てくれたこと一生忘れないっっ。」
両手を胸の前で組んで、須加の後姿を見つめる浦原の目はきらきらしていた。その横で警察官が苦虫を噛み潰したような顔だったのは言うまでもない。
幸い結婚詐欺の容疑者は、血清がギリギリ間に合ったらしくて一命はとりとめた。さて、浦原はおもちゃの蛇で脅かしただけだったのに一体どこで蛇にかまれたのか。
それは桜本先生と中里と新山がフィールドワークで彼を発見した後、慌てて走り抜けたところでかまれたと思われる。桜本先生たちが歩いていたあとに蛇が現れたのだろう。そこを通り抜けようとしたところをかまれて、走り続けたので毒の回りが早かったから車の通る道に出たところで、かまれた足が痛くて倒れる寸前に宅配便の車が来て危うく轢かれるところだった、というわけだ。
宅配便の運転手は人命救助にプラス詐欺師の逮捕に貢献したということで後から警察が金一封と感謝状を贈呈したというのがニュースになったが本人は最後まで辞退したがったらしい。上司が「会社の宣伝になるから貰っておけ」というのでしぶしぶ受け取ったというのが、ほんとうのところだというのが会社の同僚の話だ。
詐欺師はマムシにかまれた後遺症でしばらく警察病院に入院した後、刑務所に移されておとなしく刑期を務めることになった。
浦原は須加と中里のじいちゃんが裏から手を回したらしくて、二人を保護管理者として指名するという条件で穏便な処置をしてもらって、めでたくファッションショーにモデルとして採用され、須加のデザイン事務所の専属モデルとして働くことになった。ただ浦原は湿原の植物の保護に給料の1割を10年間寄付する、それに加えて須加からも保護団体に寄付をすることで大人の決着はついたようだった。
「中里センパイー、なに怒ってるんすか?」
「全く、自然保護とか環境保全とか、金じゃないんだぞ。」
「まあまあ。でも金がないと何にもできないっていうじゃないですか。うちのばあちゃんなんか、金がないのは首がないのと一緒ってよく言いますよ。」
「おまえのばーちゃんのいうことも、ある意味正しいけどそーゆーことじゃなくてだなあ・・・。あーあ、なんでもお金ってことか。サギソウやザゼンソウはお金で買うもんじゃないんだぞ。」
「おお、中里。吠えてるなあ。丸聞こえだぞ。」
「あ、桜本先生。センパイ、意外な熱血漢っすよねぇ。びっくりっす。」
「びっくりはお前だよ。誘拐されたのに、ずっと寝てたんなんて聞いたときは嘘だろと思ったぞ。」
「いやあ、誘拐されたなんて全然知らなかったっすよ。」
「全く幸せなやつだなあ。うらやましいよ。」
ため息をつく中里。
「あっそれに俺の行ったこと当たってたっすよねー、ほら、事件の陰に女アリって。」
「あー・・・ビミョーだな。あれは女でいいのかな。本人は女だというし、でも生物学的には男だし。」
「センパイー、本人が女っていうんだから女でいいじゃないですか。深く考えない考えない。」
「お前のその単純な思考がうらやましい。」
「なんすか、俺が何にも考えてないみたいな言い方。ひどくないっすか?」
二人がごちゃごちゃ言い合いになりかけたところで桜本先生の声がかかる。
「さて、それじゃあフィールドワークにいくか。今度はハッチョウトンボのいるところまでいくぞ。」
「やったあ。先生、今度こそ絶対ですよ。」
「ああ、マムシと不審者がいなかったならな。」
「うわあ、わすれてた。マムシいるんすよねぇ。」
「ちゃんと長靴履いて行けよ。」
「いぇっさーー。ジャージのすそもちゃんと長靴の中に入れていくっす。センパイ、早くいきましょうよ。ぐずぐずしてると置いていきますよ。」
「全く、現金なやつだなあ。」
「ハッチョウトンボ♪ハッチョウトンボ♪いゃっほーーい。」
浮かれて走り出そうとする新山。
「おい新山、そんなに浮かれてるとマムシにかまれたときに毒の回りが早くなるぞ。もうちょっとおとなしく静かにいけよ。」
「あっ、そうでしたっっ。おとなしく静かにいくっす。」
わいわいと長袖長ズボン、麦わら帽子に軍手の三人がにぎやかに裏山の湿地に続く道に向かっていった。この後、湿地帯が脅かされる事件が起きるとは、まだこのときは誰も知らなかったが・・・
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